ゴドーを待ちながら

原題
En attendant Godot
作者
サミュエル・ベケット
成立
1952
フランス
時代
20世紀以降

概要

二時間の芝居のあいだ、何も起こらない。

舞台には田舎道と枯れ木が一本あるだけである。二人の男が、ゴドーという人物を待っている。ゴドーが誰なのか、なぜ待っているのか、いつ来るのかは、本人たちにも分かっていない。二人は時間をつぶすために話し、靴を脱ぎ、帽子を取り替え、首を吊ろうかと相談し、やめる。夕方に少年が来て、ゴドーさんは今日は来ないが明日は必ず来ると告げる。第二幕でも同じことが起きる。

筋も、性格の変化も、解決もない。従来の芝居が持っていたものが、ほぼすべて外されている。それでもこの作品は成立し、20世紀の演劇で最も上演回数の多い戯曲の一つになった。

初演当時の評として、「何も起こらない、二度」という言い方が知られる。批判ではなく、この芝居の作りをそのまま指した表現である。

ベケットは1906年、アイルランドのダブリン近郊に生まれた。若いころパリでジョイスの助手を務め、後にフランスに定住した。第二次大戦中はレジスタンスに関わり、摘発を逃れて南仏の村で農作業をしながら潜伏している。

この作品は1948年から翌年にかけて、フランス語で書かれた。ベケットは母語の英語ではなくフランス語を選び、後に自分で英語に訳した。理由として、外国語のほうが装飾を削れるという趣旨のことを述べている。

上演を引き受ける劇場はなかなか見つからなかった。1953年1月、パリの小さな劇場バビロンで初演される。演出はロジェ・ブラン。

観客の反応は割れた。途中で帰る者もいれば、繰り返し通う者もいた。批評は評価する側が優勢で、上演は四百回を超えた。

1957年、サンクエンティン刑務所で受刑者向けに上演された。演劇に馴染みのない観客が、この作品を即座に理解したと伝えられる。待っても来ないという状況が、そのまま通じた。

ゴドーが誰かという問いは、初演以来繰り返されている。神を指すという説が有名だが、ベケットは否定も肯定もしていない。誰か知っていたら作品にそう書いた、という趣旨の返答が伝わる。

文学史における評価と影響

不条理演劇の代表作として扱われる。この呼び名は批評家マーティン・エスリンが1961年に用いたもので、イヨネスコ、アダモフ、ジュネらの作品をまとめて指す。人間の状況に意味がないという前提を、筋ではなく舞台の作りそのもので示す劇を指す。

演劇の構成要素を外していった点が中心にある。事件がなく、人物に過去も未来もなく、対立も解決もない。従来の芝居が依存していたものを取り除いても、舞台が成立することを示した。

同時に、この作品は難解な実験劇ではない。二人の掛け合いは寄席の話芸に近く、帽子の交換や転倒は道化芝居の型を使っている。ベケットはチャップリンやキートンの映画を見ており、その動きが取り入れられている。

記憶と時間の扱いも指摘される。エストラゴンは前日を忘れ、少年は昨日来たことを否定し、ポッツォは時間を問われて怒る。一日が繰り返されているのか、時間が経っているのかが確定しない。

ベケットは1969年にノーベル文学賞を受けた。授賞式には出席していない。

日本では1960年に初演され、以後繰り返し上演されている。

あらすじ

第一幕。夕暮れの田舎道。一本の枯れ木。エストラゴン(ゴゴ)が石に腰かけ、靴を脱ごうとしている。脱げない。

ヴラジミール(ディディ)が来る。二人は昨夜どこにいたか、殴られたかどうかを話す。エストラゴンは前日のことをほとんど覚えていない。

エストラゴンが立ち去ろうとする。ヴラジミールが止める。ここでゴドーを待つことになっている、と言う。ではここで合っているのか、今日で合っているのか、そもそも約束したのか。確かめようがない。

ヴラジミールが福音書の話をする。キリストとともに十字架にかけられた二人の盗賊のうち、一人だけが救われた。ただしそれを書いているのは四人の福音書記者のうち一人だけで、他の三人は書いていない。なぜ人はその一人を信じるのか。

ポッツォとラッキーが通りかかる。ポッツォは荷物を持たせた男の首に綱をつけ、鞭で追い立てている。ポッツォは休憩し、鶏を食べ、演説をし、二人に自分の話を聞かせる。

ポッツォが命じると、ラッキーは踊り、次に「考える」。ラッキーの台詞は句読点のない長い一続きで、神学と学問の用語が壊れた形で流れ出す。止めるには帽子を取り上げるしかない。

二人は去る。夕方、少年が来る。ゴドーさんは今晩は来られないが、明日は必ず来る、と告げる。ヴラジミールが質問すると、少年は要領を得ない返事をして帰る。

月が出る。行こうか、と二人が言い、動かない。幕。

第二幕。翌日、同じ場所。枯れ木に葉が四、五枚ついている。

エストラゴンは前日のことを覚えていない。この場所に来たことも、ポッツォに会ったことも忘れている。ヴラジミールが説明する。

二人は時間をつぶす。帽子を三つ使って交換を続ける。互いを罵り合う遊びをする。木の前で体操をする。

ポッツォとラッキーが再び来る。ポッツォは目が見えなくなっている。ラッキーは口がきけなくなっている。いつからかと問われて、ポッツォは激高する。時間を訊くな、と言う。ある日、ある日、と繰り返し、人は墓の上にまたがって子を産む、光が一瞬輝いて、また夜だ、と言う。

二人は去る。少年が来る。前日と同じことを告げる。ヴラジミールが、昨日も来ただろうと言うと、少年は今日が初めてだと答える。

二人は首を吊ろうとする。ズボンを留めている紐を使おうとして、引っ張ると切れる。エストラゴンのズボンが落ちる。明日は縄を持ってこよう、と決める。

行こうか、と二人が言う。動かない。幕。

作者

登場する文学史