ルイ・アラゴン

原綴
Louis Aragon
生没
1897–1982
出身
パリ
フランス
時代
20世紀以降

生涯

1897年、パリに生まれた。婚外子だったため、実の母を姉と、祖母を母と信じ込まされて育ち、出生の秘密を知ったのは青年になってからだった。医学を学ぶかたわら、第一次大戦後の前衛芸術に加わり、ブルトンエリュアールとともに、1924年のシュルレアリスム運動の旗揚げに参加して、その中心の一人となった。

やがて政治への関心を深め、共産主義に傾いた。この政治的な立場をめぐって、ブルトンら旧来の仲間と対立し、シュルレアリスムと決別した。以後は共産党の一員として、社会に根ざした文学をめざした。

生涯の伴侶となったのが、ロシア出身の作家エルザ・トリオレである。エルザへの愛は、その詩の中心的な主題となった。第二次大戦下、ドイツ占領に対する抵抗運動に加わり、地下で愛国的な詩を書いた。戦後も詩と小説の両面で旺盛に活動し、1982年に没した。

作風

アラゴンの活動は、大きく二つの時期に分かれる。前半は、シュルレアリスムの詩人として、夢と無意識、都市の神秘をうたった。散文『パリの農夫』は、パリの街並みに、日常を超えた不思議な詩情を見出した作品である。

後半は、共産主義への転向とともに、より人々に開かれた、社会に根ざした文学へ向かった。難解な前衛から、伝統的な詩形や物語のわかりやすさへと回帰した。この変化は、芸術を、少数者のものではなく、多くの人々と分かち合うものにしようとする意志によっていた。

その詩の一貫した核心が、愛である。とりわけ妻エルザへの愛を、くり返しうたった。抵抗運動の時期には、この個人的な愛の詩が、占領下の祖国への愛と重なり合い、多くの人々を勇気づけた。愛と自由と祖国が、そこで一つに溶け合っている。

作品

『パリの農夫(Le Paysan de Paris)』(1926年)

パリの街並みや、消えゆく商店街を歩きながら、日常の風景のなかに詩的な神秘を見出した散文である。シュルレアリスム期のアラゴンを代表する作品にあたる。

『エルザの瞳(Les Yeux d'Elsa)』(1942年)

ドイツ占領下に書かれた、妻エルザへの愛をうたう詩集である。個人的な愛の詩でありながら、占領下の祖国への思いと重なり、抵抗運動のなかで広く読まれた。

「幸福な愛はない」など、アラゴンの詩の多くは、のちにシャンソン歌手によって曲をつけられ、歌として広く親しまれた。社会を大きな視野で描いた連作長篇『現実世界』など、小説家としても多くの作品を残している。

文学史における立ち位置と影響

アラゴンは、シュルレアリスムの創始者の一人であり、のちに抵抗運動の詩人となった作家として文学史に名を残す。前衛芸術から社会参加の文学へという、その大きな転換は、二十世紀の芸術家が、政治や時代とどう関わるかという問いを、鮮明に映し出している。

とりわけ、第二次大戦下の抵抗運動における役割は大きい。占領という過酷な状況のなかで、愛と自由をうたうその詩は、多くのフランス人の心の支えとなった。文学が、時代の苦難にどう応えうるかを示した例とされる。

前衛と大衆性、個人的な愛と政治的な理想を、その生涯のなかで結びつけようとしたアラゴンの歩みは、二十世紀フランス文学の一つの重要な軌跡である。

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