20世紀前半のドイツ文学 — カフカとトーマス・マン
20世紀前半のドイツ語文学は、1900年から1945年までを指す。
この四十年ほどが、ドイツ語文学の密度の頂点である。カフカ、リルケ、トーマス・マン、ムージル、ブレヒト。20世紀の文学を語るときに外せない名前が集中している。そして1933年に、それが断ち切られる。
「ドイツ語文学」であってドイツ文学ではない
この時期の主要な書き手の出身を並べると、ドイツ国内に収まらない。
共通するのは国籍ではなく言語である。 ハプスブルク帝国の多言語環境と、そこに生きたユダヤ系知識人の位置が、この時代の文学の条件を作っている。
20世紀前半ドイツの主な作品
| 作品 | 発表 | 作者 | 種類 |
|---|---|---|---|
| ブッデンブローク家の人々 | 1901年 | トーマス・マン | 長篇小説 |
| ヴェニスに死す | 1912年 | トーマス・マン | 中篇小説 |
| 変身 | 1915年 | フランツ・カフカ | 中篇小説 |
| デーミアン | 1919年 | ヘルマン・ヘッセ | 小説 |
| ドゥイノの悲歌 | 1923年 | ライナー・マリア・リルケ | 詩集 |
| 魔の山 | 1924年 | トーマス・マン | 長篇小説 |
| 審判 | 1925年(死後) | フランツ・カフカ | 長篇小説 |
| ベルリン・アレクサンダー広場 | 1929年 | アルフレート・デーブリーン | 長篇小説 |
| 西部戦線異状なし | 1929年 | エーリヒ・マリア・レマルク | 小説 |
| 特性のない男 | 1930〜1943年 | ローベルト・ムージル | 長篇小説(未完) |
| 肝っ玉お母とその子どもたち | 1941年初演 | ベルトルト・ブレヒト | 戯曲 |
表現主義は、内面の強度をそのまま外へ出した
世紀初頭、が起こる。
現実をそのまま写すのではなく、内面の強度をそのまま外へ出す。絵画で言えば形が歪み色が誇張されるのと同じことを、言語でやる。都市、疎外、終末の予感が主題になった。ベンは医師で、死体解剖室を主題にした詩集で出発した。美化を一切しない。第一次世界大戦がこの運動の背景にある。 戦争は表現主義の終末感を裏書きし、同時にそれを陳腐にした。
カフカは、前提だけを不条理にし、あとは論理的に進めた
カフカは生前ほとんど無名だった。保険会社に勤め、夜に書いた。
変身は、朝起きたら虫になっていたという一文から始まる。なぜそうなったかは最後まで説明されない。 書かれるのは、その状態で家族との関係がどう崩れていくかである。審判では、ある朝逮捕された男が、罪状を知らされないまま手続きに巻き込まれ、処刑される。『城』では、測量士として招かれた男が、城に到達できないまま話が終わる。未完である。
構造は一貫している。前提は不条理だが、そこから先の展開は執拗に論理的である。 世界の規則が理解できないまま、その規則に従わされる。
遺稿の焼却を友人マックス・ブロートに頼んだが、ブロートはそれを守らず刊行した。現在読める主要作の大半は、この違反によって残っている。
トーマス・マンは、市民と芸術家の対立を書き続けた
トーマス・マンのブッデンブローク家の人々は、リューベックの商家四代の衰退を書いた。実務的な能力が世代を追うごとに失われ、代わりに芸術的な感受性が現れるという図式がある。二十六歳の作品で、後にノーベル文学賞の主要な理由に挙げられた。
ヴェニスに死すは、規律によって生きてきた老作家が、美少年への傾倒と疫病の中で崩れていく話である。魔の山は、サナトリウムで七年を過ごす青年を通じて、戦前ヨーロッパの思想的な対立を人物の議論として並べる。進歩主義者と反動的神秘家が主人公をめぐって論争する。
ナチス政権の成立後、亡命してアメリカへ渡った。ラジオ放送でドイツ国民に向けて語りかけている。戦時中に書いたフォースタス博士は、悪魔と契約した作曲家の生涯という形で、ドイツがなぜあの道を選んだのかを問う作品である。
そのほかの主要な仕事
リルケのドゥイノの悲歌は、十年をかけて完成された連作である。天使、死、事物の存在をめぐる、極度に凝縮した言語で書かれている。ムージルの特性のない男は、崩壊直前のオーストリアを舞台に、行動より思考が延々と続く。未完のまま作者は亡命先のスイスで死んだ。デーブリーンのベルリン・アレクサンダー広場は、出所した男がベルリンの街に呑まれていく話で、新聞記事や広告や歌の断片を本文に貼り込む手法をとった。ジョイスのユリシーズと並べられる。
レマルクの西部戦線異状なしは、第一次大戦の兵士の視点から英雄性を一切排して戦場を書いた。世界的なベストセラーになり、ナチスによって焚書の対象になった。
ブレヒトは演劇の方法を変えた。観客を物語に感情移入させず、距離を取らせる。歌で筋を中断し、俳優が役を離れて説明する。これをと呼んだ。目的は、舞台上の出来事を変えられるものとして見せることにある。肝っ玉お母とその子どもたちは三十年戦争を舞台に、戦争で商売する女を主役にする。
1933年、焚書・亡命・殺害が文学を断ち切った
ナチスの政権掌握とともに、文学の側に起きたことは明確である。
焚書。 1933年5月、大学都市で書物が公開で焼かれた。ハイネ、トーマス・マン、レマルク、ブレヒト、ツヴァイクらの著作が対象になった。
亡命。 トーマス・マン(アメリカ)、ブレヒト(デンマーク・アメリカ)、デーブリーン、ツヴァイク(ブラジル、1942年に自死)、ロート(パリ、1939年に死去)。
殺害。 ベンヤミンは1940年、スペイン国境で逃亡が阻まれ自ら命を絶った。カフカの三人の妹は強制収容所で殺された(本人は1924年に病没している)。
この断絶が、戦後ドイツ文学の出発点になる。
20世紀前半が残したのは、密度の頂点と、その断絶
| 中身 | |
|---|---|
| 言語で括る | 主要な書き手の多くはドイツ国外の出身。国籍ではなく言語の文学 |
| 説明のない不条理 | フランツ・カフカは前提だけを不条理にし、あとは論理的に進める |
| 距離を取らせる演劇 | ベルトルト・ブレヒトの異化効果は、世界を変更可能なものとして見せる方法 |
| 1933年 | 焚書・亡命・殺害。この断絶が戦後の出発点になる |