特性のない男
- 原題
- Der Mann ohne Eigenschaften
- 作者
- ローベルト・ムージル
- 成立
- 1930-1943
- 国
- ドイツ
- 時代
- 20世紀前半
概要
1930年に第一巻が刊行され、ムージルの死によって未完に終わった長篇小説である。全体で数千ページに及ぶ、未完成の大作である。
舞台は、1913年のウィーン。第一次世界大戦の勃発によって崩壊する、直前のオーストリア=ハンガリー帝国である。作中では、この帝国は、皮肉を込めて「カカーニエン」と呼ばれる。
主人公は、ウルリヒという三十二歳の数学者である。優れた知性と能力を持ちながら、自分がどう生きるべきか、何になるべきかを決められずにいる。 あらゆる可能性を前にして、一つの生き方に自分を限定することができない。この確定した性質を持たない状態が、「特性のない男」という題の意味である。ウルリヒは、一年間、人生を保留し、実験的に生きてみることにする。
物語らしい物語は、ほとんど進まない。大部分は、ウルリヒの思索と、その周囲の人々との対話、そして語り手による省察でできている。 近代の科学、道徳、感情、社会について、精密で皮肉に満ちた分析が、延々と展開される。
ムージルは1880年の生まれ。技師として教育を受け、哲学と心理学も学んだ、科学的な素養を持つ作家である。この作品に、生涯の後半のほぼすべてを捧げた。
執筆は、二十年以上にわたった。1930年に第一巻、1933年に第二巻の前半が刊行された。だが、ムージルは、完璧を求めるあまり、推敲を重ね、なかなか先へ進めなかった。すでに印刷に回した続きの章を、刊行直前に引き戻して書き直したこともある。
ナチスの台頭により、ユダヤ系の妻を持つムージルは、1938年、スイスに亡命する。亡命先で、貧困と無名のうちに、執筆を続けた。1942年、脳卒中により、六十一歳で急死した。作品は、膨大な草稿を残して、未完のまま中断された。 死の当日も、この作品の章に手を入れていたと伝えられる。
未完の後半部は、死後、妻が遺稿を編集して刊行した。膨大な草稿からどの部分をどう並べるかは、編者の判断に委ねられ、版によって構成が異なる。
文学史における評価と影響
20世紀の思想小説の頂点の一つとされる。ジョイスのユリシーズ、プルーストの失われた時を求めてと並べて、モダニズム小説の記念碑的な作品に数えられる。
この作品の特徴は、物語よりも、思索が中心にあることである。筋はほとんど進まず、代わりに、近代文明についての精密で皮肉に満ちた分析が展開される。科学と道徳の乖離、感情と理性の関係、確固たる自己という近代の観念への疑い。エッセイと小説の境界にある書き方で、語り手の省察が、物語と対等の重みを持つ。ムージル自身、この作品を「エッセイズム」と呼んだ。
主題としての「特性のなさ」が、近代人の一つの本質を突いている。あらゆる可能性を前にして、一つに決められない状態。確固たる信念や性質を持つことへの根本的な懐疑。この宙吊りの状態は、価値の基盤が失われた近代の状況を、鋭く映し出している。
歴史的な背景も、重要である。崩壊寸前のオーストリア=ハンガリー帝国を舞台にしたこの作品は、一つの世界の終わりを描いている。中身を失ったまま、盛大な自己祝賀を計画する帝国の姿は、来るべき破局への痛烈な予言になっている。古い世界が、自らの空虚に気づかぬまま滅びていくさまが、皮肉とともに描かれる。
未完であることも、この作品の性格の一部になっている。決着のつかない主人公を描いたこの小説は、それ自身、決着をつけられずに終わった。答えを保留し続けるという主題が、作品の未完成という運命と、奇妙に一致している。
日本でも訳が読める。長大で難解だが、20世紀文学の最高峰の一つとして読み継がれている。
あらすじ
数学者ウルリヒは、有能でありながら、人生に一つの決着をつけることができない。軍人、技師、数学者と、いくつもの道を試みたが、どれにも自分を賭けることができなかった。確固たる性質や信念を持つことを、あえて拒む。 あらゆることを、そうでもありうる、と考える「可能性感覚」の持ち主である。ウルリヒは、一年の期限を切って、人生をいったん停止し、傍観者として生きてみることにする。
ウルリヒは、ある大がかりな企てに巻き込まれる。「平行運動」と呼ばれる、愛国的な記念事業の準備である。1918年に迎える、オーストリア皇帝の即位七十周年を、盛大に祝おうという計画である。ウルリヒは、その事務局の名誉書記に任じられる。
この企てのために、上流の人々が集まり、サロンで議論を重ねる。だが、何を祝い、どんな理念を掲げるべきかについて、誰も答えを出せない。帝国は、自らが何であるかを、もはや語ることができない。 高邁な理念を求めて議論は空転し、事業は、いつまでも中身を持たない。この空虚な企てそのものが、崩壊寸前の帝国の戯画になっている。
平行運動をめぐって、さまざまな人物が登場する。理想主義者、実業家、軍人、思想家。それぞれが、時代の一つの類型を体現している。とりわけ、モースブルッガーという、女を殺した性的殺人者の裁判が、繰り返し話題になる。この狂気の殺人者に、登場人物たちは、なぜか惹きつけられる。理性が支配するはずの社会の底に潜む、非理性への関心が、そこに示される。
作品の後半、ウルリヒは、長く会っていなかった妹アガーテと再会する。父の死をきっかけに、二人は深く結びつく。兄妹のほとんど神秘的な一体感の中に、ウルリヒは、これまで求めてきた、別の生のあり方の可能性を見出す。日常の合理的な世界とは異なる、「もう一つの状態」と呼ばれる、恍惚とした一体の感覚である。作品の未完の後半は、この兄妹の関係の探求に、多くが費やされる。
作品は、完成されないまま終わる。ムージルは、結末をどう導くか、生涯、決めかねていた。物語の背後には、迫りくる第一次大戦の破局があるが、それが描かれることはなかった。