ブッデンブローク家の人々

原題
Buddenbrooks
作者
トーマス・マン
成立
1901
ドイツ
時代
20世紀前半

概要

1901年に刊行された長篇小説である。トーマス・マンの最初の長篇で、二十代半ばの作にあたる。副題は「ある一家の没落」。

舞台は、北ドイツの港湾都市リューベックを思わせる町である。穀物商を営むブッデンブローク家の四代にわたる歴史を追う。祖父の代の繁栄の頂点から始まり、代を追うごとに、一族は財産と活力を失い、最後の跡取りの死とともに、家は絶える。

この作品の主題は、市民階級の家の没落である。だが、それは単なる経済的な破産の物語ではない。世代が進むにつれて、一族の人間は、実務的な生活力を失い、代わりに繊細な感受性や芸術への傾きを強めていく。生きる力の衰えと、内面の洗練とが、同じ過程として描かれる。

登場人物の描写は、克明で写実的である。膨大な細部——食卓の料理、家具、服装、商談、病——を積み重ねて、一つの時代と階層の生活を再現する。19世紀ヨーロッパの写実的な大河小説の系譜に立つ。

トーマス・マンは1875年、リューベックの穀物商の家に生まれた。作中のブッデンブローク家は、自身の生家に近い。 マン家も、商家として栄えたのち、父の死とともに家業をたたんでいる。トーマスと兄ハインリヒは、実務を継がず、ともに作家になった。この作品には、自伝的な要素が濃い。

執筆は二十代前半に行われた。当初は短篇の構想だったものが、書き進むうちに大長篇に膨れ上がった。1901年に刊行され、当初は売れ行きが鈍かったが、廉価版が出てから広く読まれるようになった。

作中のモデルは、実在の親族や町の人々に求められる。リューベックでは、誰がどの人物のモデルかが取り沙汰され、一部の市民から反発も出た。

1929年、トーマス・マンはノーベル文学賞を受賞する。その主な理由として、この最初の長篇が挙げられた。 後年の魔の山よりも、この作品が評価の中心に置かれたことは、しばしば言及される。

文学史における評価と影響

ドイツ市民社会の叙事詩として、20世紀初頭のドイツ文学を代表する作品である。19世紀の写実的な大河小説——各国の家族の年代記を描く小説の系譜——のドイツにおける到達点にあたる。

主題としての「没落」が、この作品の核心をなす。一族は、外的には財産を失って没落する。だが同時に、内的には、感受性を洗練させていく。生活力の衰退と、芸術的な感性の高まりが、分かちがたく結びついている。 最後の跡取りハノーは、生きる力をまったく持たないが、音楽への感受性においては最も鋭敏である。この生と芸術の対立という主題は、マンの生涯を貫くものであり、ヴェニスに死す魔の山にも受け継がれる。

思想的な背景として、ショーペンハウアーとワーグナー、そしてニーチェの影響が指摘される。生への意志と、その否定。市民的な健康と、芸術的な病。これらの対立の枠組みは、19世紀後半のドイツ思想から来ている。トーマスがショーペンハウアーを読んで死の観念に打たれる場面は、その直接の反映である。

技法の面では、ライトモティーフ——反復される主題やモチーフ——の使用が特徴的である。人物の特徴的な仕草や身体的な特徴が繰り返し現れ、その反復が、人物と一族の運命を暗示する。これは、ワーグナーの楽劇の手法を小説に応用したものとされる。

日本でも訳が読める。長大だが、19世紀的な写実小説として読みやすく、マンの入口として勧められることも多い。

あらすじ

物語は、繁栄の絶頂にある一族の新しい邸宅への引っ越しの祝いから始まる。老ヨーハン・ブッデンブロークは、堅実な商人であり、家は町の名家として尊敬を集めている。

その子、領事ヨーハンの代に、物語の中心が移る。信心深く、実直な人物である。この代には、四人の子がいる。長男トーマス、次男クリスティアン、長女アントーニエ(トーニ)、そして早世する弟。この世代から、一族の運命に翳りが差し始める。

長女トーニは、家のために、愛のない結婚を二度させられる。一族の体面と利益のために、自分の幸福を犠牲にする。 最初の夫は詐欺師まがいの男で破産し、離婚する。再婚も失敗に終わる。トーニは、家の誇りに殉じながら、その誇りが自分に何も与えないことを、次第に感じ取っていく。

次男クリスティアンは、商人には向かず、病的なまでに自意識が強い。実務を嫌い、放蕩し、自らの身体の不調に取り憑かれる。堅実な市民としての生活力を、まったく持たない人物として描かれる。最後は精神を病んで施設に入る。

長男トーマスが、家督を継ぐ。町の参事会員にまで昇り、一族の名声を保とうと懸命に努める。だが、その努力は、内面の疲弊を伴う。トーマスは、外面を整えることに全精力を注ぎながら、内側では生きる意欲を失っていく。ある日、ショーペンハウアーの哲学書を読み、死の観念に強く動かされる。トーマスは、歯の治療の帰り道、路上で倒れて死ぬ。あっけない、尊厳を欠いた死である。

家の最後の跡取りは、トーマスの一人息子ハノーである。この少年は、商売にはまったく向かず、音楽に異常な才能と感受性を示す。 病弱で、現実の世界に耐えられない。ハノーは、チフスにかかり、生への意志を持てないまま、少年のうちに死ぬ。作者は、チフスの症状を医学書のように客観的に記述しながら、この少年が、回復への意志を欠いているために死んでいくことを示す。

跡取りを失い、ブッデンブローク家は絶える。残された女たちが、一族の記憶を抱えて生きていくところで、長い物語は閉じられる。

作者

登場する文学史