審判
- 原題
- Der Prozess
- 作者
- フランツ・カフカ
- 成立
- 1925
- 国
- ドイツ
- 時代
- 20世紀前半
概要
1914年から翌年にかけて書かれ、カフカの死の翌1925年に友人マックス・ブロートによって刊行された長篇小説である。作者は完成させておらず、書きかけの章も含まれる。
主人公は銀行の業務主任ヨーゼフ・K。三十歳の誕生日の朝、下宿の部屋に見知らぬ男たちが現れ、逮捕を告げる。罪状は明かされない。連行もされず、その日から通常どおり出勤する。逮捕されても生活は続き、裁判は生活の隙間に侵入してくる。 以後、Kは弁護士を雇い、裁判所に出向き、関係者に接触するが、自分が何の罪に問われているのかは最後まで分からない。
裁判所は、法廷らしい建物を持たない。集合住宅の屋根裏、絵描きのアトリエの奥、大聖堂。行った先が裁判所であることが後から分かる。手続きの全体像を知る者はおらず、誰もが断片的な役割を果たしている。
未完のため、章の順序は編者の判断による。ブロートが定めた配列が長く読まれてきたが、後の校訂版では異なる配列も示されている。第一章と最終章だけは、作者の意図が明確である。
執筆は1914年8月に始まった。第一次世界大戦が始まった月であり、その二か月前にはフェリーツェ・バウアーとの婚約が破棄されている。婚約解消の場は、カフカ自身が日記で「法廷」と呼んだ。ベルリンのホテルの一室に、フェリーツェと家族が集まり、カフカが問いただされる形になった出来事である。この経験が作品の発想に関わっているという見方は広く行われているが、作品全体をそこに還元することはできない。
執筆は翌1915年に中断した。カフカは完成させないまま原稿を放置し、生前に刊行したのは、この長篇から取り出した「掟の門前」の一節だけである。これは独立した短篇として1915年に発表された。
1924年、カフカは結核で死去した。友人マックス・ブロートに宛てて、未発表の原稿はすべて焼却するよう遺言していた。ブロートはこれに従わず、翌1925年に本作を刊行し、続いて城をはじめとする未発表の長篇を世に出した。遺志に反した公刊の是非は今も論じられるが、この判断がなければ作品は残らなかった。
原稿は綴じられていない束の状態で、章の順序も確定していない。ブロートは自身の判断で配列を決め、未完の断章を除外した。1990年代の校訂版では、断章も含めた形で提示されている。
文学史における評価と影響
権力の描かれ方が、この作品の中心にある。裁判所には顔がない。命令を下す者は現れず、末端の関係者だけが次々に登場する。手続きは進んでいるように見えて、実体があるのかどうかも確認できない。罪状を知らされないまま、無罪を証明することを求められるという状況が、この小説の作り出した図式である。
執筆は1914年で、後の全体主義国家の成立より前にあたる。それでも20世紀半ば以降、この作品は秘密警察や政治裁判の予見として読まれてきた。カフカの三人の妹はいずれも強制収容所で死亡している。ただし作品自体は特定の体制を指しておらず、官僚制と法の一般的な性質を扱っている点で、読み替えが可能になっている。
「掟の門」の寓話は、独立したテクストとして繰り返し論じられてきた。門は当人のためだけに用意されていながら、当人は入れないまま死ぬ。この構造をどう解釈するかについて、作中ですでに僧とKが議論しており、複数の読みが提示されたまま結論が保留される。作品自体が自分の解釈の困難を組み込んでいることになる。
「カフカ的(kafkaesk)」という語は、この作品の状況を典型として使われる。理由の分からない手続きに巻き込まれ、抗議する先も見つからないまま消耗していく状態を指す。
日本では戦後に紹介され、安部公房をはじめ多くの作家に影響を与えた。オーソン・ウェルズが1962年に映画化している。
あらすじ
三十歳の誕生日の朝、ヨーゼフ・Kは下宿の部屋で二人の監視人に逮捕を告げられる。理由は説明されない。監視人はKの朝食を食べ、下着を没収する。監督官が現れ、逮捕されたが自由に生活してよいと告げる。Kはその日、銀行に出勤する。
日曜日、電話で審理への出頭を求められる。指定されたのは場末の集合住宅で、洗濯物の下がる階段を上った屋根裏に法廷がある。Kは満員の傍聴人の前で、この手続きの不当さを演説する。途中で奥の方で騒ぎが起き、演説は流れる。翌週も出向くが、その日は審理がない。
裁判所の書記の妻、廷丁、下宿の隣人ビュルストナー嬢、法廷画家ティトレリ。Kは接触できる相手を次々に訪ねる。誰もが裁判所と何らかの関わりを持ち、内情の一部を語るが、全体は誰も知らない。銀行の物置では、あの日の監視人二人が笞刑を受けている。Kが苦情を述べたためだった。
叔父に連れられて弁護士フルトを訪ねる。弁護士は病床にあり、長い前置きばかりで何も進まない。看護をしているレーニという女がKを誘惑する。画家ティトレリからは、三つの結末があると説明される。無罪判決、見かけの無罪、引き延ばし。真の無罪判決は伝説の中にしかなく、残る二つは訴訟を終わらせずに続けるだけである。
Kはイタリアからの顧客の案内を命じられ、大聖堂で待つ。現れたのは僧で、Kを名指しし、訴訟の状況が悪いと告げる。そして「掟の門」という寓話を語る。一人の男が掟の門の前に来る。門番は今は入れないと言う。男は許可を待って一生をそこで過ごし、死ぬ間際に尋ねる。誰もが掟を求めているのに、なぜ他に誰も来なかったのか。門番は答える。この門はお前だけのためのものだった、いま閉じる、と。この寓話の解釈をめぐって、僧とKは長い問答を交わし、結論は出ない。
三十一歳の誕生日の前夜、二人の男が下宿に来る。Kは抵抗せず、連れられて町外れの石切場へ行く。上着を脱がされ、石の上に横たえられる。一人がKの喉に両手の刃物を突き立て、二度回す。Kは「犬のようだ」と言い、恥辱だけが自分より長く生き残るように思われる、という一文で作品は閉じられる。