ベルリン・アレクサンダー広場

原題
Berlin Alexanderplatz
作者
アルフレート・デーブリーン
成立
1929
ドイツ
時代
20世紀前半

概要

1929年に刊行された長篇小説である。1920年代末の大都市ベルリンを舞台にする。

主人公フランツ・ビーバーコプフは、傷害致死の罪で服役し、出所したばかりの元セメント労働者である。まっとうに生きようと決意する。 だが、都市の混沌と、悪い仲間との関わりの中で、その決意は三度打ち砕かれる。

この作品を特徴づけるのは、その手法である。物語の筋を、一直線に語るのではなく、新聞記事、広告、統計、聖書の一節、流行歌、交通情報、屠殺場の描写など、雑多な断片を、物語の中に大量に挿入する。 この技法は、映画のモンタージュ(断片をつなぎ合わせる編集)になぞらえられる。断片の洪水によって、大都市ベルリンのめまぐるしく、非人間的な喧噪そのものが、文体として再現される。

語り手は、たびたび顔を出し、主人公に呼びかけ、運命を予告し、教訓を垂れる。物語は、一人の男の転落と再生の教訓譚の枠組みを持つ。

デーブリーンは1878年の生まれ。精神科の医師であり、ベルリンの労働者街で診療所を開いていた。作中に描かれる都市の下層の人々の生活は、医師としての観察にもとづく。 犯罪者、娼婦、失業者、労働者。デーブリーンは、その言葉と生活を、間近で知っていた。

執筆にあたり、デーブリーンは、実際の新聞記事、広告、統計などを、大量に作品に取り込んだ。この現実の資料を切り貼りする手法は、同時代の前衛芸術のコラージュやモンタージュの技法と通じる。

刊行は1929年、世界恐慌が始まる年にあたる。ワイマール共和国末期の政治的にも経済的にも不安定な時代である。作品に描かれる都市の混沌は、この時代の空気を反映している。

デーブリーンはユダヤ系であり、ナチスが政権を握ると、亡命を余儀なくされた。この作品も、後に焚書の対象になった。

文学史における評価と影響

ドイツにおけるモダニズム小説の代表作とされる。同時代のジョイスユリシーズや、ドス・パソスの都市小説と並べて論じられる。都市そのものを主題にし、断片的な手法によって、その喧噪と非人間性を描いた点で、共通する。

モンタージュの手法が、この作品の最大の特徴である。物語の筋の間に、新聞、広告、歌、統計などの断片が、絶え間なく挿入される。読者は、主人公の物語を追いながら、同時に、大都市の情報の洪水に晒される。この技法によって、一人の個人の運命が、巨大な都市という非人間的な機構の中に置かれていることが、形式そのものによって示される。 屠殺場の描写がしばしば挿入されるのは、都市が人間を機械的に処理していくさまの暗示とされる。

主題としては、個人と大都市の関係が中心にある。フランツは、自分ひとりの意志で、まっとうに生きようとする。だが、都市の機構と、そこに働く力の前で、その個人の意志は、繰り返し打ち砕かれる。個人の力への過信が挫かれ、より大きなものの中で生きることを学ぶという展開は、この作品を、単なる都市小説ではなく、一種の教養小説にもしている。

受容の歴史では、映像化が名高い。1980年、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督が、この作品を、十五時間を超える長大なテレビ映画にした。この映像化によって、作品は新たな読者を得た。

日本でも訳が読める。断片的な手法と、ベルリンの方言や隠語のため、決して読みやすくはないが、20世紀ドイツ文学の重要作として読み継がれている。

あらすじ

フランツ・ビーバーコプフは、四年の服役を終えて、テーゲル刑務所から出所する。恋人を殴り殺した罪だった。娑婆に出たフランツは、大都市の騒音と光に、めまいを覚える。それでも、これからはまっとうに、まじめに生きようと、固く心に決める。

フランツは、行商などで生計を立てようとする。ネクタイを売り、新聞を売る。だが、都市の生活は甘くない。まっとうに生きようとするフランツの決意は、最初の挫折を味わう。信頼した相手に裏切られ、金を騙し取られる。

フランツは、悪い仲間と関わるようになる。とりわけ、ラインホルトという冷酷な男との関わりが、フランツを破滅へと導く。ラインホルトは、次々に女を取り替えては、飽きた女をフランツに押し付けるような男である。フランツは、この危険な男に、なぜか惹かれ、離れられない。

フランツは、知らぬ間に、ラインホルトらの強盗の片棒を担がされる。逃走の際、ラインホルトは、邪魔になったフランツを、走る車から突き落とす。フランツは、車に轢かれ、片腕を失う。 これが、二度目のそして決定的な挫折である。

片腕を失ったフランツは、それでもなお立ち直ろうとする。娼婦ミーツェと暮らし、つかのまの安らぎを得る。だが、ラインホルトが、そのミーツェに手を出し、嫉妬のもつれから、殺してしまう。フランツは、愛する女を、あの男に奪われ、殺される。 これが、三度目の挫折である。

殺人の疑いをかけられたフランツは、逃亡の末に捕らえられ、精神に異常をきたして、精神病院に収容される。死の淵をさまよう。そこで、フランツは、「死」との対話を通じて、自らの生き方を根底から問い直す。 これまでのフランツは、自分ひとりの力で、まっとうに生きようとしてきた。その傲慢さと、世間への無理解が、打ち砕かれる。

回復したフランツは、別の人間として生き直す。かつてのビーバーコプフではなく、フランツ・カールという名で、工場の門番の職に就く。都市の群衆の中の目立たぬ一人として、静かに生きていく。過去の教訓を胸に刻んで。物語は、行進する人々の足音とともに、閉じられる。

作者

登場する文学史