ローベルト・ムージル
- 原綴
- Robert Musil
- 生没
- 1880–1942
- 出身
- クラーゲンフルト(オーストリア=ハンガリー帝国)
- 国
- ドイツ
- 時代
- 20世紀前半
生涯
1880年、オーストリア=ハンガリー帝国のクラーゲンフルトに生まれた。父は機械工学の教授である。
軍の幼年学校に入れられ、そこでの体験が最初の小説の素材になった。その後、工科大学で機械工学を学び、学位を得て助手を務めている。回転する円板の色彩実験装置を考案して特許を取った。
1903年から哲学と心理学に転じ、ベルリン大学でマッハの理論についての論文により学位を取得した。大学から職を提示されたが断り、作家として生きることを選ぶ。
第一次大戦にはオーストリア軍の将校として従軍した。戦後は軍と外務省の職に就いたが、まもなく失職する。以後、生涯にわたって経済的に不安定だった。
1930年に特性のない男第一部を刊行し、批評家からは高く評価された。だが売れず、生活は改善しない。支援者による基金が作られたが、それも1938年のドイツによるオーストリア併合で途絶えた。
妻がユダヤ系だったため、1938年にスイスへ亡命した。チューリヒ、次いでジュネーヴで、援助を受けながら執筆を続ける。1942年、脳出血により61歳で死去した。葬儀の参列者は八人だったと伝えられる。
作風
ムージルが書いたのは、あらゆる価値が根拠を失った状態である。
特性のない男の主人公ウルリヒは、数学者であり、有能でありながら何にも本気で関わらない。彼が「特性のない男」と呼ばれるのは、能力がないからではない。どの立場を取ることもできる、そのどれにも十分な根拠がないと知っているからである。
方法は分析的である。物語が進むより、語り手と人物の考察が延々と続く。ある出来事が起きると、それをめぐる可能性が幾通りも検討され、そのまま結論が出ない。科学の訓練を受けた書き手の思考が、そのまま文体になっている。
ムージルはこれを「エッセイ主義」と呼んだ。エッセイのように、確定しない仮の考察を重ねていく態度である。真理を掴むためではなく、掴めないことを引き受けた上で思考を続けるための方法として提示される。
諷刺も強い。『特性のない男』の中心には「平行運動」という滑稽な設定がある。1918年に皇帝在位七十年を祝う大事業を計画するのだが、何を掲げるべきかが決まらない。人々が集まって理念を議論し続け、何も決まらないまま帝国が消滅する。作品は1913年に設定されており、読者は結末を知っている。
初期作品では別の面が出る。『若きテルレスの惑い』は寄宿学校を舞台に、少年たちの残虐な行為と、それを傍観する主人公の内面を書いたものである。感覚と論理が接続しない経験が、精密に記述される。
作品
『若きテルレスの惑い』(1906年)
最初の小説である。軍の寄宿学校で、二人の少年が一人を虐待する。主人公テルレスはそれを止めず、観察し、自分の内側に起きる説明のつかない感覚を追う。
『合一』(1911年)
二篇の中篇からなる。極度に凝縮された文体で書かれ、ムージルは五年をかけて推敲した。
『三人の女』(1924年)
三篇の中篇集である。
特性のない男(1930年第一部、1933年第二部、1943年遺稿)
主著である。1913年のウィーン——作中では「カカーニエン」と呼ばれる——を舞台に、皇帝在位七十年の記念事業をめぐる人々を描く。ウルリヒと、長く離れていた妹アガーテとの関係が後半の中心になる。未完に終わり、遺稿の配列をめぐって議論が続いている。全体で二千頁を超える。
日本語では『若きテルレスの惑い』から入るのが現実的である。『特性のない男』は分量が大きく、筋を追う読み方ができないため、最初の一冊には向かない。
文学史における立ち位置と影響
ムージルは、20世紀前半のドイツ語圏の小説において、プルーストとジョイスに並ぶ位置に置かれる。三人とも巨大な長篇によって、それまでの小説の枠組みを組み替えた。
生前の評価は限られていた。同時代にトーマス・マンが広く読まれるなか、ムージルは常に困窮している。マンへの対抗意識を隠さず、その通俗性を批判した。
再評価は1950年代以降である。全集の刊行によって作品の全体が見えるようになり、以後、20世紀の小説の最重要作の一つとされるようになった。
崩壊直前のオーストリア=ハンガリー帝国を書いた作家として、ヨーゼフ・ロート、ツヴァイク、ヘルマン・ブロッホらとまとめて論じられることが多い。ただしムージルは、失われた帝国を懐かしまない。その空虚さを暴くほうへ進んでいる。
思考をそのまま小説にするという方法は、後の作家に受け継がれた。ミラン・クンデラは小説の可能性を論じる際にムージルを繰り返し挙げ、考察と物語の混在を自作の方法にしている。
日本では1960年代から紹介が進み、特性のない男の全訳も出ている。