変身
- 原題
- Die Verwandlung
- 作者
- フランツ・カフカ
- 成立
- 1915
- 国
- ドイツ
- 時代
- 20世紀前半
概要
1915年に雑誌に発表され、同年に単行本として刊行された中篇小説である。三章からなる。カフカが生前に活字にした作品は少なく、これはその一つにあたる。
書き出しで、主人公グレゴール・ザムザは、不安な夢から目覚めると自分が巨大な虫に変わっていることに気づく。なぜそうなったかは最後まで説明されない。 本人も驚きはするが、原因を追及せず、次の瞬間には出勤に遅れることを心配し始める。異常が起きたあとの世界を、日常の論理でそのまま処理していく書き方が、全篇を貫く。
視点はグレゴールに固定される。読者は虫になった側から、家族の反応と自分の身体の変化を見る。最終章の途中でグレゴールが死んだあと、視点は家族へ移る。
何に変わったのかは特定されない。原語の語は、害虫あるいは汚れた獣を指す古い言い方で、種の名ではない。カフカは出版社に、表紙に虫の絵を描かないよう強く求めている。
執筆は1912年11月から12月にかけて、およそ三週間で行われた。当時カフカは29歳で、プラハの労働者傷害保険協会に勤めていた。昼は役所で働き、夜に書く生活である。
同じ時期、後に婚約と解消を繰り返すことになるフェリーツェ・バウアーとの文通が始まっていた。執筆中の手紙で、この作品を「少し恐ろしい話」と呼び、進行を報告している。書き終えたあとは、結末が不出来だと不満を漏らした。
家族との関係が素材になっていることは、繰り返し指摘される。1919年に書かれた『父への手紙(Brief an den Vater)』は、父ヘルマンの支配的な性格と、そこで抑圧された自分について長大に述べたもので、投函されなかった。作中で父がグレゴールを打ちのめす場面と、この手紙の記述はしばしば重ねて読まれる。
刊行は執筆から二年半後の1915年である。カフカは表紙の意匠に注文をつけ、虫そのものを絵にしてはならない、遠くからでも描いてはならないと出版社に書き送った。指定に従い、初版の表紙には、開いた扉の前で顔を覆う男が描かれている。
カフカは1924年に結核で死去した。40歳だった。遺稿を焼却するよう友人マックス・ブロートに遺言したが、ブロートはこれを破って刊行した。長篇審判、城はいずれも死後に世に出ている。
文学史における評価と影響
異常な出来事を、説明も驚愕も伴わずに提示する書き方が、この作品で最も明快な形をとった。虫への変身は超自然の事件として扱われず、家族が直面するのは、働き手が働けなくなったという生活上の問題である。幻想の設定を、現実的な散文で処理するという手法は、20世紀の小説に広く受け継がれた。
労働の主題も明確である。グレゴールは変身の直後に、遅刻と解雇と借金の返済を考える。人間としての価値が稼ぐ能力に還元されている状態が、稼げなくなった瞬間に露わになる。家族は、グレゴールが働かなくなると自分たちが働き始め、家庭は以前より健全になる。この皮肉は結末で最も鋭く出る。
「カフカ的(kafkaesk)」という形容は、この作家の名から作られ、辞書に載る語になった。不条理な仕組みの中で、理由の分からないまま追い詰められる状況を指す。ただし本人が生前に得た評価は限られており、名声は死後、とくに第二次大戦後に確立した。
カミュはシーシュポスの神話の付録でカフカ論を書き、不条理の文学の代表として論じた。日本でも安部公房が影響を公言しており、砂の女をはじめとする作品に、日常の設定から異常な状況へ移行する構成が見られる。
短さと明快な設定から、世界中で最初に読まれるカフカ作品になっている。訳も多い。
あらすじ
第一章。布地の外交販売員グレゴール・ザムザは、ある朝、硬い背中と多くの細い脚を持つ虫の姿になっている。仕事は過酷で、早朝の列車に乗る生活が続いていた。父の事業が失敗して負債があり、家族はグレゴールの収入だけで暮らしている。
出勤時刻を過ぎても部屋から出てこないため、家族が扉越しに呼びかける。勤め先から支配人が様子を見に来て、扉の外から怠慢を責める。グレゴールは苦労して鍵を開け、姿を現す。支配人は逃げ出し、母は倒れ、父は杖と新聞で追い立てて部屋に押し戻す。扉に挟まれてグレゴールは負傷する。
第二章。妹グレーテが食事を運ぶようになる。新鮮な食べ物は受けつけず、腐りかけたものを好むことが分かる。グレゴールは壁や天井を這うようになる。妹は動きやすいようにと家具を運び出そうとするが、母は元の姿に戻ることを願って反対する。運び出しの最中、グレゴールは壁の額縁にしがみつく。母は気を失い、帰宅した父は林檎を投げつける。一つが背中にめり込み、そのまま腐って残る。
家族は働き始める。父は銀行の給仕に、母は縫い物に、妹は店員になり、家には下宿人を置く。グレゴールの部屋は物置になる。
第三章。ある夜、妹がヴァイオリンを弾く。下宿人たちは関心を示さないが、グレゴールは音楽に惹かれて部屋から這い出る。下宿人はこれを見て激怒し、賃料を払わずに出ていくと告げる。
妹が家族に告げる。あれを兄だと思うのをやめなければならない、あれを追い出さなければ生きていけない、と。グレゴールは自室に戻り、家族が自分がいなくなることを望んでいると理解し、家族への愛情を保ったまま、夜明けに息絶える。
翌朝、通いの手伝いの女が死骸を片づける。ザムザ一家は仕事を休み、三人で郊外行きの電車に乗る。それぞれの職が悪くないこと、住居を狭いものに移せることを話し合う。両親は、娘が美しく成熟したことに気づき、そろそろ婿を探そうと考える。目的地で娘が立ち上がり、若い身体を伸ばすところで作品は終わる。