解放されたエルサレム

原題
Gerusalemme Liberata
作者
タッソ
成立
1581
イタリア
時代
ルネサンス

概要

1581年に刊行された叙事詩である。全20歌、約15300行。韻律はアリオストと同じオッターヴァ・リーマ(八行詩節)を用いる。

主題は、1099年の第一回十字軍によるエルサレム攻略である。史実にもとづく枠組みの中に、恋愛と魔法の挿話が組み込まれる。指揮官ゴッフレード(実在のゴドフロワ・ド・ブイヨン)が全軍をまとめ、聖都を落とすまでが幹になる。

狂えるオルランドとの違いが、この作品の性格を決めている。アリオストが無数の筋を中断しながら交錯させたのに対し、この作品は一つの目的に向かって収束する構成をとる。アリストテレス詩学が説く筋の統一を、当時のイタリアの理論家が規範として論じており、タッソはそれを意識して書いた。理論的な著作も自ら残している。

とはいえ規則通りではない。恋愛の挿話は分量が多く、しばしば戦争の筋を圧迫する。書き手自身が、書きたいものと守るべき規則の間で引き裂かれていることが、この作品と作者の生涯の両方に表れている。

タッソは1544年、ソレントの生まれ。宮廷詩人の子で、幼少期から各地を転々とした。フェラーラのエステ家に仕え、この作品を書く。

執筆は1560年代から1575年頃にかけて行われた。完成後、タッソは刊行前に、複数の知人に原稿を送って批評を求めた。この判断が破滅の始まりになる。 宗教的に不適切な箇所、規則からの逸脱を指摘され、タッソは異端審問に自ら出頭して審査を求めた。無罪とされたが不安は収まらず、その後も自作を疑い続けた。

精神の変調が進む。1577年には宮廷で従者に刃物を向け、監禁される。脱走してイタリア各地をさまよい、フェラーラに戻ったところで公爵によって聖アンナ病院に収容された。以後七年を過ごす。

刊行はこの監禁の間に行われた。1581年、本人の関与しない形で複数の版が出た。作者は自作の刊行を止められない状態にあった。

釈放後、タッソは自作を全面的に書き直す。宗教的に問題となる箇所と恋愛の挿話を削り、規則に厳密に従わせた『征服されたエルサレム(Gerusalemme Conquistata)』を1593年に刊行した。だがこの改作は読まれず、現在も読まれ続けているのは元の版である。1595年、ローマで死去した。51歳だった。

文学史における評価と影響

ルネサンス末期のイタリア文学を代表する叙事詩として位置づけられる。ダンテペトラルカアリオストと並べて論じられる。

文学理論との関係が、この作品の特徴にあたる。16世紀のイタリアではアリストテレス詩学が翻訳・注解され、叙事詩と悲劇の規則が論じられていた。筋は一つに統一されるべきか、多数の筋が並行してよいか。 アリオストの作品は明らかに後者であり、規則の側からは批判の対象になっていた。タッソは、統一された筋と、キリスト教の真実にもとづく主題を選ぶことで、規則に応えようとした。刊行後、二作の優劣をめぐる論争がイタリアの文壇を二分している。

同時に、この作品を規則の勝利とは呼びにくい。作中で最も記憶されるのは戦闘ではなく、タンクレーディとクロリンダの一騎打ち、アルミーダの庭園といった恋愛の場面である。宗教的な目的と官能的な描写が同居する状態が、後のバロックの感受性を先取りしていると評される。

後世への影響は広い。スペンサー妖精の女王ミルトン失楽園は、この作品を参照して書かれた。とくにミルトンは、キリスト教を主題とする叙事詩の先例としてタッソを重視している。

音楽と美術の題材にもなった。モンテヴェルディ、リュリ、ヘンデル、グルック、ロッシーニ、ドヴォルザークがアルミーダの挿話をオペラにしており、絵画ではプッサン、ティエポロらが場面を描いた。

作者の生涯もまた、後世の題材になった。狂気と幽閉を経た詩人という像は、ロマン主義の時代に理想化され、ゲーテは戯曲『タッソー』を書き、バイロンも詩に扱っている。

日本では抄訳が中心である。

あらすじ

十字軍がエルサレムを包囲して六年目、軍は分裂しかけている。神が天使を遣わし、ゴッフレードを総大将に選ばせる。軍はエルサレムへ進発する。

イスラム側の魔術師イドラオーテは、姪の魔女アルミーダを送り込む。アルミーダは美貌と魔術で騎士たちを誘惑し、多数を陣営から連れ出す。とくに勇士リナルドがこの計略に関わって陣を離れる。

主要な戦闘の合間に、恋愛の挿話が置かれる。イスラム側の女戦士クロリンダは、キリスト教徒の騎士タンクレーディに愛されている。ある夜、クロリンダは城壁の塔に火を放ち、鎧を着替えて戻る途中でタンクレーディと遭遇する。互いに相手が誰か分からないまま、一騎打ちが夜通し続く。タンクレーディが致命傷を負わせ、兜を外して初めて相手を知る。息を引き取る前、クロリンダは洗礼を求める。タンクレーディは近くの泉の水で洗礼を授け、看取る。

軍は攻城の資材を得るため森へ向かうが、魔術によって守られている。木々は人の声を出し、切ろうとする者を怯えさせる。

アルミーダは、捕らえたリナルドに自ら恋してしまい、遠い島の魔法の庭園に囲い込む。二人は世界を忘れて暮らす。派遣された二人の騎士が鏡を差し出し、女に溺れて武具を捨てた自分の姿をリナルドに見せる。リナルドは我に返り、庭園を出る。アルミーダは自分の宮殿を破壊し、復讐を誓う。

リナルドは魔法の森の呪いを解き、軍は攻城塔を築く。総攻撃が始まる。アルミーダは戦場に出て、リナルドを射ようとするが果たせず、自害しようとしたところをリナルドに止められる。キリスト教への改宗を受け入れ、従うと告げる。

エルサレムは陥落する。ゴッフレードは血にまみれた鎧のまま聖墳墓に赴き、祈りを捧げる。ここで詩は終わる。

作者

登場する文学史