タッソ

原綴
Torquato Tasso
生没
1544–1595
出身
ソレント(南イタリア・カンパニア州、ナポリ近郊)
イタリア
時代
ルネサンス

生涯

1544年、ナポリ近郊のソレントに生まれた。父も詩人である。だがその父が政争に巻き込まれて財産を失い、一家は各地を転々とした。この不安定な少年期が、繊細な気質に影を落としたとされる。

早くから詩の才を示し、若くしてフェラーラのエステ家に仕えた。半世紀前にアリオストが仕えたのと同じ宮廷である。ここで生涯の大仕事となるの執筆に取りかかった。

1575年に解放されたエルサレムを書き上げる。だがここから苦悩が始まった。

自分の詩が宗教的に正しいか、道徳的に問題がないかを極度に気に病むようになる。当時は反宗教改革の時代だった。プロテスタントの台頭に対抗してカトリック教会が引き締めを図り、書物への検閲が厳しくなっていた時期にあたる。タッソは自分から宗教裁判所に自作の審査を求めさえした。友人に意見を求めては、その批判に苦しみ、際限なく書き直そうとする。

やがて不安が妄想に変わった。人々が自分を陥れようとしている、自分は異端者として告発される。こうした確信に取り憑かれ、宮廷で錯乱して暴れたこともある。

1579年、フェラーラの聖アンナ病院に幽閉された。以後七年をそこで過ごす。狂気ゆえの措置とされるが、その扱いをめぐっては諸説ある。

1586年に解放された後も各地を放浪した。1595年、ローマで桂冠詩人として戴冠される直前に死去する。五十一歳だった。

作風

解放されたエルサレムが扱うのは第一回十字軍である。ゴッフレードに率いられたキリスト教徒の軍が、イスラム教徒の手からエルサレムを奪い返す。11世紀末に実際に起きた出来事を素材にしている。

構成が引き締まっている。半世紀前のアリオスト狂えるオルランドが無数の筋を自由に絡ませたのに対し、タッソはエルサレム奪回という一つの目的へ物語を収束させた。作品は一つの行為を扱うべきだというアリストテレスの『詩学』の原則に従おうとしたためである。

宗教的な真剣さが全体を貫く。十字軍は神の事業であり、キリスト教徒の勝利は神の意志の実現として書かれる。この枠組みが詩に荘重さを与えている。

ただし読者を惹きつけてきたのは、その枠組みからはみ出す部分だった。異教徒の女戦士クロリンダと、キリスト教徒の騎士タンクレーディの悲恋。魔女アルミーダが騎士リナルドを魔法の島に誘い、そこで過ごす官能的な日々。こうした恋の挿話のほうが繰り返し引かれてきた。

クロリンダの死の場面がとくに名高い。夜、鎧に身を包んだクロリンダとタンクレーディが、互いに相手が誰か分からないまま戦う。致命傷を与えた後で兜を取ると、そこに愛する女の顔があった。息絶えようとするクロリンダは洗礼を求め、タンクレーディは泣きながら水を注ぐ。

言葉そのものは甘美で、憂いを帯びている。荘重な主題を扱いながら、その調べは繊細で音楽的である。

作品

『解放されたエルサレム(Gerusalemme Liberata)』(1575年完成、1581年刊行)

代表作である。全20歌の叙事詩にあたる。

『アミンタ(Aminta)』(1573年)

牧歌劇である。羊飼いの恋を優美に描いたもので、当時大きな人気を博し、ヨーロッパ各国の牧歌劇の模範になった。

『征服されたエルサレム(Gerusalemme Conquistata)』(1593年)

宗教的な懸念から代表作を大幅に書き直した版である。恋の挿話を削り、教義に沿うよう整えたが、詩の生命を損なったと評価されている。

多くの抒情詩と対話篇も残した。

日本語では解放されたエルサレムの訳がある。

文学史における立ち位置と影響

アリオストと並ぶイタリア・ルネサンスの叙事詩人である。この二人は常に対比されてきた。アリオストの軽やかさと多様さに対して、タッソの荘重さと統一。開放的なルネサンスの精神と、反宗教改革の緊張。イタリア文学史の基本的な構図の一つになっている。

ヨーロッパ各国への影響は大きい。スペンサーミルトンもタッソを読んで学んだ。とくにミルトンの失楽園は、キリスト教を主題にした叙事詩としてこの系譜にある。

音楽と絵画への影響も大きい。クロリンダの死、アルミーダの魔法の庭。これらの場面は繰り返し絵に描かれ、オペラに作曲された。モンテヴェルディ、リュリ、ヘンデル、グルック、ロッシーニ、ドヴォルザーク。数えきれない作曲家がこの詩を素材にしている。

その生涯もまた伝説になった。天才ゆえに狂い、幽閉される詩人。この像はロマン主義の時代にとりわけ愛された。ゲーテは戯曲『トルクァート・タッソ』を書き、詩人が社会と折り合えないことを主題にしている。バイロンも幽閉の地を訪れて詩を詠んだ。

日本での受容は限られてきたが、ルネサンス叙事詩の代表として、また狂気の詩人として名が知られている。

作品

登場する文学史