オイディプス王
- 原題
- Oidipous Tyrannos
- 作者
- ソポクレス
- 成立
- 前429頃
- 国
- ギリシャ
- 時代
- 古典期
概要
前429年前後にアテナイで上演された悲劇である。作者はソポクレス。
テバイの王オイディプスは、都を襲う疫病を鎮めるため、先王ライオスを殺した犯人を突き止めようとする。調査を進めるうちに、犯人が自分であり、殺した相手が実の父であり、妻イオカステが実の母であることが判明する。観客はこの筋書きを最初から知っている。 テバイの伝説は当時よく知られており、劇が始まる時点で結末は共有されている。分からないのは登場人物だけで、観客は真相を知りながら、王が一歩ずつ自分に近づいていくのを見ることになる。
劇の時間は数時間で、場所は王宮の前から動かない。作中で起きる出来事は、証人への尋問だけである。父殺しも母との結婚も、すべて劇が始まる前に完了している。
構成は、後世の言い方でいえば探偵劇の形をとる。調査を指揮する者が犯人であり、真相に近づくほど自分が破滅する。
上演年は記録がなく、前429年前後と推定される。この頃アテナイでは疫病が流行しており、劇の冒頭の設定との関連が指摘されるが、確証はない。
上演の場は、アテナイのディオニュシア祭という祭典である。悲劇作家は三つの悲劇と一つのサテュロス劇を提出し、競演した。ソポクレスは十八回以上優勝した作家だが、この作品は二位だったと伝えられる。
素材はテバイをめぐる伝説群で、ホメロスのオデュッセイアの冥界の場面にもオイディプスの母への言及がある。ソポクレス以前に、アイスキュロスもテバイの伝説を三部作にしている。
ソポクレスはテバイを舞台にした作品を三つ書いているが、三部作として一度に上演されたものではない。アンティゴネが前441年頃と最も早く、この作品が前429年頃、オイディプスの最期を扱う『コロノスのオイディプス』は死後の前401年に上演された。書かれた順と物語の時系列は一致していない。
文学史における評価と影響
アリストテレスが詩学で悲劇の理想的な例として繰り返し引いた作品である。運命の逆転(ペリペテイア)と、無知から知への転換(アナグノリシス)が同時に起こる構成を、最も優れた形と論じた。コリントスからの使者が、王を安心させるつもりで告げた事実が、破滅を決定づける場面がその実例にあたる。
主人公の造形についても、アリストテレスの説明が長く参照されてきた。徹底した悪人でも完全な善人でもなく、判断の誤り(ハマルティア)によって不幸に陥る人物という条件に、オイディプスは合致する。ただしこの語を「性格上の欠陥」と訳すか「事実についての無知」と訳すかで解釈が変わり、議論が続いている。
責任の所在は、この劇の中心的な論点である。オイディプスは神託を避けようとして行動し、その行動がかえって予言を実現させた。自分が誰かを知らずに犯した行為に、どこまで責任があるのか。劇はこの問いを明示的に扱い、答えを与えない。作中でオイディプスは、目を潰したのは神ではなく自分の手だと述べる。
19世紀末、この作品は別の文脈で有名になった。フロイトは、幼児が異性の親に向ける欲望と同性の親への敵意を説明する概念に、この人物の名を用いた。心理学の用語として広く流通したため、劇そのものがその図式で読まれる傾向が生じたが、作中のオイディプスは相手が誰かを知らずに行動しており、欲望の物語としては書かれていない。概念の名前として使われたことと、作品の内容とは区別する必要がある。
近代以後の翻案も多い。ジッドやジャン・コクトーが翻案を書き、パゾリーニが映画化している。真相の追求が破滅を招くという構造は、探偵小説の型の源流としても言及される。
日本でも上演が重ねられており、複数の訳が読める。
あらすじ
テバイに疫病が流行し、市民が王宮の前に嘆願に集まる。オイディプスは、義兄クレオンをデルポイの神託所に送っていた。クレオンが持ち帰った答えは、先王ライオス殺しの犯人が国内にいるためであり、その者を追放すれば疫病は止むというものだった。
オイディプスは犯人の捜索を宣言し、犯人を匿う者への呪いを含む布告を出す。予言者テイレシアスが呼ばれる。老いた盲目の予言者は口を開こうとせず、王に強いられて、探している犯人はあなただと告げる。オイディプスは、これをクレオンと組んだ王位簒奪の陰謀と決めつけ、激しく罵る。テイレシアスは、いま目の見えているあなたはやがて見えなくなると言い残して去る。
クレオンとの口論を、王妃イオカステが止めに入る。予言など当てにならないと言い、証拠を挙げる。ライオスは、息子に殺されるという神託を受けたため、生まれた子の足を貫いて山に捨てさせた。それでもライオスは三叉路で盗賊に殺された、と。
「三叉路」という語にオイディプスは動揺する。テバイに来る前、その場所で口論になり、老人とその一行を殺した記憶がある。生き延びた従者が一人いると聞き、呼び寄せるよう命じる。
自身の生い立ちを語る。コリントスの王子として育ったが、宴席で自分は実子ではないと言われ、デルポイに問いに行った。神託は問いに答えず、お前は父を殺し母と交わると告げた。コリントスへ戻れないと考えて放浪し、その途上で三叉路の事件が起きた。
コリントスからの使者が来て、王ポリュボスの死を告げる。父を殺す予言は外れたことになり、二人は安堵する。だが使者は、母との予言も心配ないと言う。オイディプスはポリュボスの実子ではなく、この使者自身が山中で受け取って王家に渡した子だからだ、と。子を渡したのはライオスの牧人だった。
その牧人が、三叉路の生き残りの従者と同一人物である。連れて来られた老人は語ることを拒み、拷問を示唆されて口を割る。あの子はライオスとイオカステの子であり、神託を恐れた両親が殺すよう命じたが、憐れんで使者に渡した、と。
イオカステはすでに悟って宮殿に入っていた。使者が出てきて報告する。王妃は寝室で首を吊った。オイディプスはその遺体から黄金の留め金を外し、自分の両目を突いた。血にまみれた王が現れ、二人の娘との別れを述べる。クレオンが後を継ぎ、オイディプスは追放を求める。