ギリシャ古典期

ギリシャ文学 古典期

通史では、この時代を「悲劇と、都市国家の言葉」と要約した。ここではその中身を開く。

密度が異常な時代である。 前五世紀のアテナイという一つの都市の、百年に満たない期間に、悲劇・喜劇・歴史叙述・哲学的対話篇が揃って現れ、しかもそれぞれが以後二千年の規範になった。

なぜこうなったのかは単純に説明できないが、条件はいくつか指摘できる。ペルシア戦争に勝って自信と富を得たこと、民主政のもとで言葉で人を説得する技術が実用的に重要だったこと、そして演劇が国家の公的な行事だったことである。

悲劇 — 祭りとしての演劇

まず前提を押さえる。ギリシャ悲劇は娯楽ではなく、宗教的な祭礼の一部だった。

年に一度のディオニュシア祭で、劇作家が三人選ばれ、それぞれ四作を上演して優劣を競う。観客は市民全体で、数千人が野外劇場に集まった。

上演の条件も特殊である。俳優は全員男性で、仮面をつけた。表情は変わらない。 舞台の中央にはコロス(合唱隊)がいて、歌い、踊り、物語を論評する。

この条件が形式を決めている。 表情が使えないから、言葉と身振りがすべてを担う。観客が既に神話の筋を知っているから、「何が起きるか」ではなく「どう起きるか」で見せる必要がある。

三人の悲劇詩人

アイスキュロス は俳優を一人から二人に増やした。これによって登場人物同士の対話が可能になる。オレステイア(前四五八年)は現存する唯一の三部作で、殺人が殺人を呼ぶ連鎖が、最後に法廷という制度によって断ち切られる。私的な復讐から公的な裁判へという主題は、都市国家の成立そのものを扱っている。

ソポクレス は俳優を三人に増やした。オイディプス王(前四二九年頃)は、真相を追う王が、追えば追うほど自分の破滅に近づく構造を持つ。観客は真相を最初から知っている。 だからこそ、主人公が近づいていく過程そのものが緊張になる。

アリストテレス詩学で理想的な悲劇として論じたのがこの作品である。

アンティゴネでは、国家の法と血縁の掟が正面から衝突する。どちらにも理があり、どちらも滅びる。 政治哲学の題材として今日まで論じられ続けている。

エウリピデス は神話の英雄を弱く、感情的で、理解しがたい人間として描いた。メデイア(前四三一年)では、裏切られた妻が復讐のために自分の子を殺す。当時の評価は割れ、優勝回数も少ない。

その傾向が近代以降に高く評価された。 心理の複雑さ、既存の価値への懐疑、女性や奴隷への視線。同時代の評価と後世の評価が食い違う典型例である。

喜劇 — 実名で笑う

アリストパネスの喜劇は、実在の人物を実名で笑いものにする。

政治家クレオンを攻撃し、エウリピデスを劇に登場させて作風をからかい、ソクラテスを詭弁家として描いた。女の平和(前四一一年)では、女たちが戦争をやめさせるために性的な交渉を拒否する。

これが上演を許されていたという事実は、当時の言論の範囲を示す資料でもある。ただし無制限だったわけではなく、時期によっては規制もあった。

なお、ソクラテスを描いた『雲』は、後にソクラテス裁判で不利な世論を作ったとする見方がある。喜劇が実際の政治的帰結を持ちうるという例である。

歴史叙述 — 二つの方法

散文でも決定的な形式が生まれた。

ヘロドトス歴史はペルシア戦争を主題にするが、話が大きく脇へ逸れる。 エジプトの風習、スキタイの葬礼、各地の伝説。噂も神託も採録する。

「歴史の父」と呼ばれる一方、「嘘の父」とも呼ばれてきた。だが近年の考古学的発見で、彼の記述の一部が裏づけられている。 単純に信頼できないと切り捨てるべきではない。

トゥキュディデス戦史は方法が根本的に違う。神の介入を排し、人間の利害と権力から出来事を説明する。 自ら将軍として戦争に参加し、失敗して追放された立場から書いている。

有名な「メロス島の対話」では、強者が弱者に対して「正義は対等な者の間にしか存在しない」と告げる。権力政治の記述として、国際政治学で今も読まれている。

この二人の対比は、歴史叙述の二つの方向を最初に示している。 網羅と語りの面白さを取るか、因果の分析を取るか。

哲学 — 文学の形式を持つ思考

プラトン は対話篇という形式を作った。登場人物が議論を交わし、結論に至る(あるいは至らない)過程が劇のように書かれる。

饗宴(饗宴)では、宴の席で参加者が順番に愛について語る。それぞれの発言が話者の性格を表す構造になっており、思想書でありながら文学作品として読める。

皮肉なのは、プラトン自身が詩人を理想国家から追放すべきだと論じたことである。詩は真実の模倣の模倣であり、感情を煽るという理由による。文学の形式を最大限に使いながら、文学を批判した。

アリストテレス詩学は、ヨーロッパ最初の体系的な文学理論である。悲劇を、筋・性格・思想などの要素に分解して分析した。

ここで提示された概念——ミメーシス(模倣)、カタルシス(浄化)、筋の統一——は、以後二千年の文学理論の語彙になった。

そして重大な副作用がある。フランス17世紀の三単一の規則は、この書物の解釈から生まれた。ただしアリストテレスが明確に述べたのは筋の統一だけで、場所と時間の制限は後世の解釈者が付け加えたものである。 誤読が二千年後の演劇を縛ったことになる。

この時代をどう読むか

中身
演劇の条件祭礼・仮面・コロス。娯楽ではなく都市国家の公的行事だった
評価の逆転エウリピデスは当時低評価。近代以降に再評価された
歴史の二方向ヘロドトスの網羅とトゥキュディデスの因果分析
理論の誕生と誤読詩学が枠を作り、その誤読が三単一の規則を生んだ

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