ソポクレス

鉢巻きを締め、豊かなひげをたくわえたソフォクレスの胸像を写した銅版画。
ルーベンスの下絵によるポンティウスの版画(1638年)。古代の胸像に基づく
原綴
Σοφοκλῆς
生没
前497頃–前406
出身
アテナイ近郊コロノス
ギリシャ
時代
古典期

生涯

前497年頃、アテナイ近郊のコロノスに、裕福な家の子として生まれた。少年時代、ペルシアの大艦隊を破ったサラミスの海戦の戦勝祝いで、合唱隊を率いたと伝えられる。

悲劇競演で二十回以上優勝したとされ、これは同時代のどの作家よりも多い。生涯を通じて敗北が少なかった。

政治的な役職にも就いている。財務官、将軍職を務めた記録があり、劇作家が公職を担うのが当然の社会だった。晩年にはアテナイの国政を審議する委員にも選ばれている。

九十歳を超えて生きた。最晩年に書いた『コロノスのオイディプス』は、死後に上演されている。百二十篇ほど書いたとされるが、完全な形で残っているのは七篇だけである。これは古代の劇作家に共通する事情で、アイスキュロスエウリピデスも同様に大半が失われた。

作風

ソポクレスは、悲劇を神々の話から人間の話にした。前の世代のアイスキュロスの悲劇では、神々の意志と一族の呪いが人間を動かす。人物は運命の担い手であり、個としての輪郭は薄い。ソポクレスは、人物の性格そのものを破滅の原因に据えた。その人がそういう人間であるがゆえにそう行動し、そして滅びる、という構造である。

技術の面でも改めた点がある。俳優を二人から三人に増やし、二人の対話に第三者が割り込めるようにした。人物間の関係を複雑に書けるようになっている。合唱隊(コロス)の役割は縮小し、神の視点からの解説者から、登場人物の一人に近い位置へ移した。また、三部作でひとつの物語をなす形をやめ、一作ごとに完結する悲劇を書いている。

オイディプス王では、主人公の有能さが破滅を運ぶ。テーバイに疫病が流行り、王オイディプスは原因を調べて先王殺しの犯人を追放すると宣言する。目撃者を呼び、証言を集め、辻褄を合わせていく。犯人はオイディプス自身だった。しかも殺した相手は実の父であり、王妃として娶った女は実の母だった。

観客は最初から結末を知っている。ギリシャ悲劇の観客はこの神話を知っており、知らないのは舞台上の主人公だけである。この落差が「劇的アイロニー」と呼ばれる。オイディプスが犯人を呪う台詞のすべてが、そのまま自分に返ってくる。

アンティゴネでは、二つの正義が正面から衝突する。新王クレオンは、国に攻め込んだ側の兄弟の埋葬を禁じ、従えば死刑とした。妹アンティゴネはそれでも兄を埋葬する。クレオンは国家の秩序を守っており、アンティゴネは死者を弔うという神々の掟に従っている。どちらも間違っていない。哲学者ヘーゲルはこの作品を、悪と善ではなく、善と善の対立として論じた。

作品

オイディプス王

悲劇の構成の模範として二千年以上扱われてきた。発見の瞬間、オイディプスは自らの目を突いて盲目になる。見えていなかった男が、真実を見た瞬間に視力を捨てる。

アンティゴネ

国家の法と神々の掟の衝突を扱う。クレオンは最後に折れるが遅すぎる。アンティゴネは死に、クレオンの息子と妻も後を追う。命令した当人だけが生き残り、すべてを失う。

『コロノスのオイディプス』

追放されたオイディプスの最期を描く最晩年作である。

『エレクトラ』『アイアス』『トラキスの女たち』『ピロクテテス』が、現存する残りの四篇である。

文学史における立ち位置と影響

アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスがギリシャ三大悲劇詩人とされる。三人の位置づけは、しばしばこう整理される。

中心にあるもの
アイスキュロス神々の意志と、一族の呪い
ソポクレス人物の性格と、その行動の帰結
エウリピデス人間の情念と、神々への懐疑

アリストテレスは『詩学』でオイディプス王を悲劇の最高の例として分析した。真相を知る「認知(アナグノリシス)」と、事態が反転する「逆転(ペリペテイア)」が同時に起きる点を高く評価している。この分析によって、この作品の構成が「悲劇とはこういうものだ」という定義になった。フランス古典主義の三一致の法則も、この系譜にある。

「国家の法と、それより上位の掟」というアンティゴネの主題は、以後繰り返し扱われた。20世紀にはフランスの劇作家アヌイやブレヒトが翻案し、占領下の抵抗の物語として上演されている。

フロイトが「エディプス・コンプレックス」の名をここから取ったことで、20世紀にはこの作品が精神分析の文脈でも読まれるようになった。ただしフロイトの解釈は、作品そのものの主題とは別のものである点に注意が要る。作中のオイディプスは、相手が父母であることを知らずに行為に及んでいる。

作品

登場する文学史