ドイツ古典主義・ロマン主義

ドイツ文学 古典主義・ロマン主義

通史では、この時代を「国家より先に文学があった」と要約した。ここではその中身を開く。

十八世紀半ばのドイツ語圏は、文学的には後発だった。 フランスは古典主義を完成させイギリスには小説の市場があった。宮廷ではフランス語が話され、ドイツ語は粗野な言語と見なされることがあった。

そこから八十年ほどで、状況が一変する。

前提を作った人たち

ゴットホルト・エフライム・レッシングは批評と戯曲の両方で、フランス古典主義の規則からの離脱を主張した。三一致の法則に縛られる必要はない、ウィリアム・シェイクスピアのほうがドイツ人の気質に合う、と論じた。この評価の転換が、以後のドイツ文学の方向を決めた。

戯曲『賢者ナータン』は、ユダヤ教・キリスト教・イスラームの三者を並べ、どの宗教が真かを問うこと自体を退ける。 「三つの指輪」の寓話が中心に置かれる。

ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーは、民族はそれぞれ固有の言語と精神を持つという考えを提示した。文学は普遍的な規範に従うのではなく、その民族の民謡や伝承に根を持つべきである、と論じる。

この思想の影響は広い。 ヤーコプ・グリムヴィルヘルム・グリムグリム童話(グリム童話)の収集も、この流れの中にある。ただし彼らの採集は、口承をそのまま記録したものではなく、編集の手が入っていることが知られている。

国民文学という発想は、後に国家主義と結びついていく。 ここで生まれた考え方が、十九世紀以降どう使われたかは別に見る必要がある。

シュトゥルム・ウント・ドラング

一七七〇年代、若い世代が理性より感情、規則より天才を掲げた。シュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)と呼ばれる。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ若きウェルテルの悩み(若きウェルテルの悩み、一七七四年)はこの時期の作品である。人妻への報われない愛に苦しむ青年が、書簡体で内面を綴り、最後に自殺する。

ヨーロッパ全体で流行した。 主人公と同じ服装をする若者が現れ、模倣自殺が起きたと伝えられる(この件は誇張されている可能性も指摘されている)。

フリードリヒ・シラー群盗(群盗)は、家督を奪われた青年が盗賊団の首領になる話で、既存の秩序への反抗が正面から書かれる。

ヴァイマル古典主義

一七八〇年代以降、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテフリードリヒ・シラーはヴァイマルで別の方向へ転じる。

激情から、均整・調和・人間性の完成へ。古代ギリシャを規範とする点はフランス古典主義と似ているが、目指すものが違う。 規則の遵守ではなく、人間が全体として調和的に成熟することを課題にした。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテヴィルヘルム・マイスターの修業時代は、演劇に憧れた青年が遍歴を経て社会の中に位置を見出す。この作品が「教養小説(ビルドゥングスロマン)」という型の原型とされる。 主人公が世界と衝突しながら形成されていく、という形式である。

ファウストは六十年かけて書かれた。学問に絶望した老学者が悪魔と契約し、「時よ止まれ、お前は美しい」と言った瞬間に魂を渡すという賭けを結ぶ。第一部では若い娘を破滅させ、第二部では時代も場所も越えた寓意の世界を巡る。近代人の限界のない欲望を主題にした作品として読まれてきた。

フリードリヒ・シラーは歴史劇と美学論を書いた。『人間の美的教育について』では、人間は美を通じてこそ自由になれると論じる。フランス革命が暴力に転じたことへの応答という面がある。

ロマン主義 — 完成を疑う

古典主義の調和に対して、ロマン主義は未完成・無限・夜・夢を取り上げる。

ノヴァーリスは「青い花」を、決して到達できない憧れの象徴として置いた。断章の形式で書き、完成しないことを積極的に選んだ。

フリードリヒ・ヘルダーリンは古代ギリシャへの憧憬を独自の韻律で歌った。三十代半ばで精神を病み、その後三十六年を塔の部屋で過ごした。 二十世紀に入って評価が大きく上がった詩人である。

E・T・A・ホフマンは幻想的な短篇を書いた。日常の中に不気味なものが割り込む構造で、フロイトが「不気味なもの」の論で『砂男』を扱った。 シャルル・ボードレールらを経て、後の幻想文学に広く影響している。

ハインリヒ・フォン・クライストは分類しにくい作家である。ミヒャエル・コールハースは、不当な扱いを受けた馬商人が正義を求めるうちに、正義そのものによって破壊者になっていく話である。文体は乾いており、心理説明がほとんどない。三十四歳で心中している。

この時代をどう読むか

中身
後発からの逆転八十年ほどで文学と哲学が集中して立ち上がった
民族という発想ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの思想が民話収集と国民文学論を生んだ
形成の物語教養小説という型がここで作られた
二つの方向調和による完成(古典主義)と、未完成の肯定(ロマン主義)

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