若きウェルテルの悩み

原題
Die Leiden des jungen Werthers
作者
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
成立
1774
ドイツ
時代
古典主義・ロマン主義

概要

1774年に刊行された書簡体の小説である。書簡体は、登場人物が書いた手紙を並べる形式で、地の文による説明を持たない。作中の手紙はすべてウェルテルから友人ヴィルヘルムに宛てたもので、読者は一人の視点だけを与えられる。相手の返信は載らない。

分量は短い。二部構成で、第一部は初夏から冬まで、第二部は翌年の春から冬までを扱う。最後の部分だけは「編者」が引き取り、残された文書と証言をもとに三人称で経過を報告する。ウェルテルの死は本人には書けないため、形式そのものが結末を要求している。

刊行当時、ゲーテは24歳で無名だった。この一冊で全ヨーロッパに名が知られた。青い上着に黄色いチョッキというウェルテルの服装が流行し、同じ姿で自殺する若者が出たと報じられ、いくつかの都市で発禁になった。

執筆は1774年の初めに、わずか数週間で行われた。背景には二つの実体験がある。

一つは、1772年にヴェツラーの帝国最高法院で修習していた時期の恋である。ゲーテはシャルロッテ・ブフという娘に強く惹かれたが、この娘には婚約者ヨハン・クリスティアン・ケストナーがいた。ゲーテは自ら身を引いて町を去っている。ロッテの人物像とパンを切り分ける場面は、この体験にもとづく。

もう一つは、同じ年に起きた知人カール・ヴィルヘルム・イェルーザレムの自殺である。人妻への恋と職場での屈辱を抱えて、ケストナーから借りたピストルで命を絶った。ゲーテはケストナーに詳しい経緯を書き送ってもらい、その報告を作品の後半に用いている。

刊行後、ケストナー夫妻は自分たちが素材にされたことに抗議した。ゲーテは第二版で人物の描写に手を入れ、後年も関係の修復に努めている。

1787年に改訂版が出ており、現在読まれている本文はこの版によることが多い。改訂では、下男の挿話が拡充され、ロッテの心理を示す記述が加えられた。

ゲーテはこの作品と長く距離を置いた。晩年の自伝『詩と真実(Dichtung und Wahrheit)』では、書くことによって自分は救われたが、読者は逆に病んだと述べている。

文学史における評価と影響

18世紀後半のドイツで起きたシュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)の代表作にあたる。理性と規範を重んじる啓蒙主義に対し、感情と個人の内面を優先する若い書き手たちの動きで、ゲーテシラーの初期の作品がこれに属する。ウェルテルの自然への感応も、社会の身分秩序への反発も、この文脈にある。

書簡体小説そのものは当時すでに流行していた。リチャードソンの作品やルソー新エロイーズが先行する。この作品が異なるのは、往復書簡ではなく一方向にしたことで、読者が反論の視点を持てない構造になっている点である。ウェルテルの見方だけが提示され、それが次第に歪んでいく過程を、読者は内側から追うことになる。作中でアルベルトが常識的な反論を述べる場面はあるが、それもウェルテルの手紙を通してしか伝わらない。

社会現象としての規模も、文学史の事実として扱われる。模倣とみられる自殺が報じられ、複数の地域で発禁処分を受けた。実際の件数がどれほどだったかは検証が難しく、当時の報道が誇張を含んでいた可能性も指摘されている。20世紀の社会学が、報道が自殺を誘発する現象をウェルテル効果と名づけたのは、この騒動に由来する。

ナポレオンがこの作品を愛読し、遠征にも携行していたこと、1808年にゲーテと会見した際に感想を述べたことが伝えられる。

日本では明治期から訳されており、青年の読み物として長く読まれてきた。

あらすじ

第一部。青年ウェルテルは、遺産の整理のため小さな町ヴァールハイムに滞在する。手紙には、自然の美しさ、子どもや素朴な村人への共感、ホメロスを読む喜びが綴られる。

舞踏会でシャルロッテ(ロッテ)に出会う。母を亡くし、幼い弟妹の世話をしている娘で、パンを切り分けて子どもたちに配る場面がウェルテルの印象に残る。ロッテには婚約者アルベルトがおり、旅行中である。ウェルテルは毎日のように通い、時間を共に過ごす。

アルベルトが戻る。誠実で常識的な男で、ウェルテルとも良い関係を築く。ある日、二人はピストルをめぐって自殺の是非を論じる。アルベルトは、自殺は弱さであり理性を欠くと言う。ウェルテルは、耐えられる限度を超えた苦しみは病であって、人はそれで死ぬのだと反論する。この会話は結末を予告している。

ウェルテルは町を離れる決意をする。

第二部。公使館に職を得るが、上司の細かさに耐えられず、貴族の集まりに居合わせて身分違いを理由に退出を求められ、屈辱を受けて辞職する。放浪ののち、ヴァールハイムに戻る。ロッテとアルベルトはすでに結婚している。

前と同じようには過ごせない。ウェルテルの手紙は暗くなり、自然は美しさを失い、すべてを呑み込む怪物のように見えると書く。読む本もホメロスから、憂鬱な古代詩「オシアン」に変わる。以前に見た、農家の女に恋して職を失い、のちに殺人を犯した下男の話を聞き、自分と同じだと感じる。

編者の報告に切り替わる。十二月、アルベルトの留守中にウェルテルはロッテを訪ね、自作のオシアンの訳を読み聞かせ、感極まって抱きしめる。ロッテは身を振りほどき、部屋を出て、もう会わないでほしいと告げる。

翌日、ウェルテルは旅に出ると称してアルベルトにピストルを借りる。手渡したのはロッテだった。深夜、ロッテへの遺書を書き終え、自らこめかみを撃つ。翌朝、まだ息があるところを発見されるが、正午に死ぬ。ロッテの命は危ぶまれた。アルベルトは同席できなかった。埋葬に聖職者は立ち会わなかった。

作者

登場する文学史