ヴィルヘルム・マイスターの修業時代
- 原題
- Wilhelm Meisters Lehrjahre
- 作者
- ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
- 成立
- 1795-1796
- 国
- ドイツ
- 時代
- 古典主義・ロマン主義
概要
1795年から1796年にかけて刊行された長篇小説である。全八巻。
主人公ヴィルヘルム・マイスターは、裕福な商人の息子である。家業を継ぐことに満足できず、演劇に人生の意味を見出そうとする。旅回りの一座に加わり、劇場での成功を夢見て遍歴する。だが、さまざまな経験と挫折を経て、演劇が自分の本当の道ではないことを悟り、より広い人生の実践へと向かう。
「修業時代(Lehrjahre)」という題は、手工業の徒弟が親方になる前の修業期間を指す語である。人生を、一つの技を身につけるための修業になぞらえている。主人公は、演劇という一つの道を通り抜けることで、自分が何者であり、何をなすべきかを学んでいく。
この作品は、教養小説(ビルドゥングスロマン)というジャンルの原型とされる。教養小説は、未熟な主人公が、経験を通じて内面を形成し、社会の中に自分の位置を見出していく過程を描く型の小説である。
この作品には、前身がある。ゲーテは若い頃、『ヴィルヘルム・マイスターの演劇的使命』という初稿を書いていた。これは演劇そのものを主題とする物語だった。後年、シラーとの交流の中で、ゲーテはこれを全面的に書き改めた。演劇を、人生の一つの通過段階として位置づけ直し、より広い人間形成の物語に組み替えたのである。
執筆は、ゲーテとシラーが親交を深めた時期にあたる。シラーは、この作品の構想と改稿に、書簡を通じて深く関与した。ドイツ古典主義を代表する二人の共同作業の産物という側面がある。
作中に挿入されるミニョンの歌や竪琴弾きの歌は、独立した詩としても高く評価され、多くの作曲家によって歌曲にされた。シューベルト、シューマン、ヴォルフらが、これらの詩に曲を付けている。
第六巻「美しき魂の告白」は、敬虔主義の信仰に生きた一女性の手記という形をとる独立した部分で、ゲーテの知人の実在の女性がモデルとされる。
文学史における評価と影響
教養小説というジャンルの原型として、文学史上きわめて重要な位置を占める。個人が、遍歴と試練を通じて内面を形成し、社会の中に居場所を見出すという物語の型は、この作品によって確立された。以後のドイツ文学は、この型を繰り返し受け継ぐ。ヘッセのデーミアン、トーマス・マンの魔の山は、いずれもこの系譜に連なる。
シラーは書簡で、この作品が主人公の内面の成長を軸にしている点を、演劇的な筋の運びと対比して論じた。事件が主人公を動かすのではなく、主人公の内的な発展が物語を導く。筋よりも人格形成が中心にあるという構造の把握は、その後の教養小説の理解の基礎になった。
同時に、この作品は単純な成長の讃美ではない。主人公の遍歴は、多くの誤りと回り道を含む。演劇への情熱は、結局は捨て去られる。「塔の結社」が陰で導いていたという設定は、個人の自由な成長という理念に、影を落とす。自分の人生が、実は他者によって仕組まれていたのだとしたら、それはどこまで自分自身の成長なのか。この両義性が、後世の批評で論じられてきた。
19世紀のロマン主義者の中には、この作品を、詩的な精神が俗世の実務に屈服する物語として批判する者もいた。ノヴァーリスは、これを「詩に対する散文の勝利」と呼んで退けた。芸術の道を捨てて社会に適応することを、成熟と見るか妥協と見るかは、この作品をめぐる根本的な論点であり続けている。
日本でも訳が読める。長大だが、ドイツ近代小説の源流として読まれてきた。
あらすじ
商人の子ヴィルヘルムは、幼時に見た人形芝居以来、演劇に魅せられている。家業や実務の世界に馴染めず、女優マリアーネとの恋に溺れる。だが、恋人の裏切りを誤解し、深く傷つく。
失意のヴィルヘルムは、家業の商用の旅に出る。その途上で、旅回りの役者の一座と出会う。その奔放な生活に惹かれ、一座を金銭的に援助し、やがて自らも役者として加わる。実務を捨てて、芸術の世界へ踏み込む。
一座での日々の中で、二人の印象的な人物と出会う。一人は、正体不明の少女ミニョンである。異国の面影を持ち、憂いに満ちた歌をうたう。「君よ知るや南の国」で始まるこの歌は、作品の中でも名高い。もう一人は、竪琴を弾く老人で、暗い過去を背負っている。ヴィルヘルムは、この二人を保護する。
一座は各地を巡演する。ある貴族の城で上演し、成功を収める。ヴィルヘルムは、シェイクスピアのハムレットの上演に情熱を注ぐ。ハムレットという役柄を深く読み込み、その解釈をめぐる議論が作中で交わされる。ゲーテのハムレット論として知られる一節がここにある。ハムレットは、繊細な魂に、担いきれない重い任務が課された人物だ、という解釈である。上演は成功するが、その後、一座は内紛や事件で崩れていく。
遍歴の中で、ヴィルヘルムは、演劇の世界の限界にも直面する。役者たちの虚栄や不安定さ、芸術で身を立てることの難しさ。ヴィルヘルムは次第に、演劇が自分の天職ではないのではないかと疑い始める。
物語の後半、ヴィルヘルムは「塔の結社」と呼ばれる秘密の団体の存在を知る。この結社は、ひそかにヴィルヘルムの遍歴を見守り、導いていた。 その失敗も回り道も、成長のために必要なものとして、陰から支えられていたのである。結社は、これまでの遍歴の記録を渡す。自分の人生が、他者によって静かに見守られていたことを、ヴィルヘルムは知る。
ミニョンは、満たされぬ思いのうちに死ぬ。その出自——竪琴弾きの老人との悲劇的な血縁——が明かされる。ヴィルヘルムは、自分がかつて関わった女性との間に、子がいたことを知る。
遍歴の果てに、ヴィルヘルムは、夢想的な芸術の道から、現実の社会での実践的な生き方へと向かう。ナターリエという女性との結びつきを得て、人生の新たな段階に踏み出すところで、「修業時代」は幕を閉じる。続篇として、後年に『遍歴時代』が書かれる。