ドイツ文学 中世
通史では、この時代を「宮廷の詩と、滅びの叙事詩」と要約した。ここではその中身を開く。
まず前提を確認する。この時代に「ドイツ」という国はない。
神聖ローマ帝国という緩やかな枠の中に、多数の領邦が並んでいた。統一国家ができるのは一八七一年である。 つまりドイツ文学史の大部分は、国家より先に言語と文学があった時代の話になる。
ここで扱うのは、中高ドイツ語で書かれたものである。
宮廷文学 — フランスからの輸入
十二世紀後半から十三世紀前半にかけて、宮廷を場とする文学が栄えた。
素材の多くはフランスから来ている。 アーサー王物語、聖杯の探求、トリスタン伝説。フランスの宮廷文学がヨーロッパの規範であり、ドイツの詩人はそれを翻案した。
ただし翻案の仕方に違いが出る。
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハのパルチヴァールは、無知な少年が騎士となり、過ちを犯し、長い遍歴の末に聖杯の王になる物語である。「愚か者が問いを発しなかったこと」が中心の欠落として置かれる。 同情から発せられるべき問いを口にしなかったために、すべてがやり直しになる。
この構造が、後の教養小説(ビルドゥングスロマン)の遠い先例として語られることがある。 主人公が失敗を通じて成熟する、という形式である。作品はワーグナーの楽劇の下敷きにもなった。
ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクの『トリスタン』は、同じ伝説を扱いながら、恋愛を社会秩序と正面から対立させる。 媚薬によって生じた愛が、忠誠や結婚といった規範をすべて上回る。未完のまま終わっている。
ミンネザング — 宮廷恋愛の歌
ミンネザングは、騎士が高貴な女性に仕える形の恋愛叙情詩である。南フランスのトルバドゥールの形式が源にある。
型が決まっている。相手は既婚の高位の女性で、愛は成就しない。 その奉仕によって歌い手が高められる、という構図をとる。
ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデはこの型の中で最も評価が高い。理由は、型から外れた歌も作ったことにある。身分の低い娘との相思相愛を歌った作品があり、宮廷恋愛の建前が崩れている。
もう一つ、彼は政治詩を書いた。皇帝と教皇の争いに際して、時事を主題に立場を表明する詩である。叙情詩人が公共の問題を扱った例として重要視される。
英雄叙事詩 — 滅びる話
ニーベルンゲンの歌(ニーベルンゲンの歌、一二〇〇年頃)は、宮廷文学とは性格が違う。
竜殺しのジークフリートが謀殺され、その妻クリームヒルトが長い年月をかけて復讐を遂げ、最後には関係者がほぼ全員死ぬ。
救いがない。 忠誠と復讐が両立せず、義務を果たそうとする者から順に破滅する。キリスト教的な赦しはほとんど機能しない。
素材はゲルマンの古い伝承にさかのぼるが、書かれたのは宮廷文化の時代である。古い倫理と当代の作法が同じ作品の中に同居している。
この作品の受容史には注意が要る。 十九世紀以降、ドイツの国民的叙事詩として扱われ、ナチス期には忠誠の物語として政治的に利用された。 作品そのものと、後世の使われ方は分けて見る必要がある。
この時代をどう読むか
| 中身 | |
|---|---|
| 国家がない | ドイツ語文学は、統一国家より七百年早く存在した |
| 輸入と変形 | 素材はフランス由来。翻案の過程で問題設定が変わった |
| 型の内と外 | ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデは宮廷恋愛の型を守りつつ外れた |
| 滅びの叙事詩 | ニーベルンゲンの歌には救済がない。後世の政治利用にも注意 |
この先へ
- 次の時代へ: 古典主義・ロマン主義
- 引きの視点に戻る: ドイツ文学 通史
- 素材の供給元: フランス 中世