ソヴィエト期のロシア文学 — 検閲と亡命の70年

ソヴィエト期のロシア文学は、1917年の革命から1991年のソ連崩壊までを指す。

この七十年の文学は、刊行された本のリストからは見えない。理由は単純である。重要な作品の多くが、書かれた時代に発表されていない。 数十年後に出たもの、国外でしか出なかったもの、作者の死後に出たものが並ぶ。

作品は三つの回路のどれかを通った

作品がどこを通ったかで、三つに分けられる。

同じ一人の作家が、三つの回路すべてを使うことがある。この構造を知らないと、作家がソ連の作家なのかどうかが分からなくなる。 パステルナークがその例である。

ソヴィエト期の主な作品

作品成立・発表作者種類
われら1920〜1921年執筆エヴゲーニイ・ザミャーチンディストピア小説
『騎兵隊』1926年イサーク・バーベリ短篇集
静かなドン1928〜1940年ミハイル・ショーロホフ長篇小説
レクイエム1935〜1961年アンナ・アフマートワ連作詩
ドクトル・ジバゴ1957年(国外で刊行)ボリス・パステルナーク長篇小説
イワン・デニーソヴィチの一日1962年アレクサンドル・ソルジェニーツィン中篇小説
巨匠とマルガリータ1966〜1967年(死後)ミハイル・ブルガーコフ長篇小説
収容所群島1973年(国外で刊行)アレクサンドル・ソルジェニーツィン記録
『コルィマ物語』1978年(国外で刊行)ワルラーム・シャラーモフ短篇集

1934年、社会主義リアリズムが創作の要件になった

が公式の創作方法として定められた。要求はおおむね次のものである。分かりやすい形式で、党の路線に沿って、社会が良くなる方向を描く。 労働者や党員を肯定的な主人公として造形する。

作家同盟に属さなければ発表の場がなく、除名は職業生活の終わりを意味した。

この枠内で書かれた作品の多くは今日読まれない。ただし例外はある。ショーロホフ静かなドンは、ドン・コサックの村を舞台に、内戦で両陣営の間を揺れ動く男を描いた。赤軍側を一方的に正当化していない。1965年にノーベル文学賞を受けたが、著作権をめぐる論争が長く続いた。

発表されないまま書き続けられた作品があった

ザミャーチンわれら(1920〜21年執筆)は、ガラスの都市で全員が番号で呼ばれ、生活が時間表で管理される社会を描く。ソ連で刊行されたのは1988年である。 国外では早くから読まれ、オーウェル一九八四年ハクスリーすばらしい新世界の系譜に置かれる。作者は1931年に出国を認められ、パリで没した。

ブルガーコフ巨匠とマルガリータは、悪魔がモスクワに現れる話と、ピラトがイエスを裁く話を交互に進める。1940年の作者の死後、二十六年たって、しかも削除された形で発表された。 「原稿は燃えない」という作中の台詞が、この作品自体の運命として引かれる。

プラトーノフの作品は、革命の理想を信じる言葉づかいのまま、その理想が人間をすり潰していく過程を書く。文体そのものが壊れているように見える。主要作の刊行はやはり数十年後になった。

収容所を書いた二人は、姿勢が対立する

ソルジェニーツィンイワン・デニーソヴィチの一日は、囚人の一日を淡々と追う中篇である。1962年、フルシチョフの承認を得て公式に刊行された。スターリン批判の時期に限って可能になった出版であり、この一冊がソ連社会に与えた衝撃は大きい。 その後、収容所群島を書く。二百人以上の証言と自身の経験をもとに、収容所制度の全体を記述した。国外で刊行され、1974年に国籍を剥奪されて追放された。

シャラーモフの『コルィマ物語』は、極北の金鉱での経験を短篇の連なりで書く。ソルジェニーツィンと違い、収容所に意味や救済を認めない。 人間は簡単に壊れる、と書く。二人の姿勢の違いは、証言文学のあり方をめぐる論点として繰り返し扱われる。

ノーベル賞が、国家との衝突の場になった

パステルナークドクトル・ジバゴは国内で刊行を拒まれ、1957年にイタリアで出た。翌年ノーベル文学賞に選ばれるが、当局の圧力によって受賞を辞退している。 ブロツキーは「社会的寄生」の罪で流刑にされ、1972年に国外追放された。アメリカで英語でも書き、1987年にノーベル文学賞を受けている。

20世紀のロシア語作家のノーベル賞受賞者は五人で、ブーニンパステルナークショーロホフソルジェニーツィンブロツキーこのうち国内で平穏に受け取れたのは一人だけである。

ソヴィエト期が残したのは、埋もれた半分の文学

中身
三つの回路公式出版・自主出版・国外出版。刊行年が書かれた年と一致しない
公式の方法社会主義リアリズムが創作の要件として制度化された
証言の二つの型アレクサンドル・ソルジェニーツィンワルラーム・シャラーモフは収容所の意味づけで対立する
受賞という事件ノーベル賞が国家との衝突の場になった

ロシア文学の他の時代