イワン・デニーソヴィチの一日

原題
Odin den Ivana Denisovicha
作者
アレクサンドル・ソルジェニーツィン
成立
1962
ロシア
時代
ソヴィエト期

概要

1962年に雑誌『新世界』に発表された中篇小説である。スターリン時代の強制収容所(ラーゲリ)を舞台にする。

描かれるのは、囚人シューホフ——イワン・デニーソヴィチ——のある一日だけである。朝の起床の合図から、点呼、作業、食事を経て、夜の消灯までの十数時間が、時間の流れに沿って淡々と語られる。劇的な事件は起きない。 脱走も暴動もなく、ただ収容所の一日が過ぎていく。

主人公は農民出身の平凡な男で、罪状はドイツ軍の捕虜になったことである。実際には抜け出して帰隊したのだが、スパイとして自白を強いられ、十年の刑を受けている。理由なく囚われた無数の人間の一人として描かれる。

作品の力は細部にある。極寒の中での作業、わずかなパンとスープ、看守の目をかすめる小さな工夫。収容所の生活の仕組みが、囚人の視点から具体的に積み上げられる。

ソルジェニーツィンは1918年の生まれ。第二次大戦に従軍中の1945年、私信でスターリンを批判したことが発覚し、逮捕された。八年間、収容所に囚われる。この作品の収容所生活は、自身の体験にもとづく。 主人公が働くカザフスタンの収容所は、作者が実際に囚われた場所を素材にしている。

執筆後、発表の見込みはなかった。だが1956年のスターリン批判以降、体制はいくらか緩んでいた。原稿は雑誌『新世界』の編集長トヴァルドフスキーの手に渡り、その働きかけで、最終的にフルシチョフ自身の許可を得て発表された。 スターリン時代の犯罪を告発する政治的な意図と合致したためである。

1962年の発表は、大きな衝撃を与えた。ソ連で、強制収容所の実態を公に描いた最初の作品だった。国内外で反響を呼び、ソルジェニーツィンは一躍知られる存在になる。

だがフルシチョフの失脚後、雪解けは終わる。ソルジェニーツィンは再び発表を封じられ、後の収容所群島は国外で刊行された。1970年にノーベル文学賞を受賞し、1974年に国外追放される。1994年に帰国し、2008年に死去した。

文学史における評価と影響

収容所文学の代表作であり、ソ連社会に対して持った衝撃の大きさで、文学史に位置を占める。それまで存在を公に語ることのできなかった強制収容所という主題を、初めて印刷された文学の形で提示した。沈黙を破った作品として、その政治的な意味は文学的な評価と分かちがたい。

描き方の抑制が、この作品の特徴である。告発の言葉を使わず、悲惨を誇張せず、一囚人の平凡な一日を淡々と積み上げる。制度の残酷さは、説明ではなく、細部の集積によって伝わる。 イタリアのプリーモ・レーヴィこれが人間かと、書き方の姿勢において比較される。

主人公の造形も、この作品を単純な告発から救っている。シューホフは英雄でも殉教者でもない。ただ生き延びようとし、小さな幸運を数え、良い仕事をしたことに満足する。極限状況の中で人間性を保つのは、抵抗によってではなく、日々の労働と工夫によってである。この描き方が、収容所を告発しながら、そこで生きる人間への敬意を失わない。

「今日はいい日だった」という結びは、繰り返し論じられる。最悪の状況の中で、幸運とは何か、幸福とは何かを問い直させる一句である。苦しみを描きながら、生きることの側に立つという姿勢が、ここに集約されている。

日本でも訳が複数ある。短く、ソルジェニーツィンの入口として読まれることが多い。

あらすじ

朝五時、起床の合図が鳴る。シューホフは、いつもより早く起きられず、体の不調を感じている。だが医務室で病人として認められる見込みは薄い。

その日の作業は、屋外の建設現場である。零下二十度以下の中、囚人たちは隊列を組んで収容所の外へ行進する。門での身体検査、人数の点呼が繰り返される。囚人は物として数えられ、数が合わなければ何度でもやり直される。

現場では、シューホフたちの班が発電所の壁を積む作業にあたる。凍った現場で、モルタルが固まる前に手早くレンガを積まなければならない。シューホフは、この仕事に打ち込む。強制された労働でありながら、良い仕事をしたいという職人の誇りが、この男の中に残っている。 与えられた時間の中で集中し、壁をきれいに積む。この一節は、作品の中でも印象深い部分である。

一日を通じて、シューホフは小さな幸運を積み重ねる。朝、営倉入りを免れた。食事で余分の一杯を確保した。作業でうまく立ち回った。密かに持ち込んだ道具を見つからずに済んだ。夜、頼まれた仕事の駄賃としてパンとタバコを得た。

消灯の前、シューホフは今日一日を振り返る。今日はいい日だった、とシューホフは思う。営倉に入れられず、班は懲罰を受けず、昼に一杯多く食え、夜の仕事で稼ぎ、病気にもならなかった。

物語の最後、語り手は付け加える。シューホフの刑期は三六五三日ある。閏年の分の三日は、余計に多い。その一日が、こうして過ぎた。

作者

登場する文学史