ロシア文学 現代
通史では、この時代を「解放と、地位の低下」と要約した。ここではその中身を開く。
一九九一年にソ連が解体する。文学の側に起きたことは二つあり、方向が逆である。
一斉に出た
まず、ソヴィエト期に発表できなかった作品が一気に刊行された。
エヴゲーニイ・ザミャーチンのわれら、アンドレイ・プラトーノフの主要作、アレクサンドル・ソルジェニーツィンの収容所群島、アンナ・アフマートワのレクイエムの完全版、ワルラーム・シャラーモフの『コルイマ物語』。七十年分の未発表作が数年のうちに読めるようになった。
この期間、ロシアの読者は過去を読むのに忙しかった。 同時代の新作より、埋もれていた作品のほうが話題になる状況が続いた。
中心ではなくなった
もう一つの変化は逆方向である。
黄金時代以来、ロシアでは文学が社会の議論の代わりを務めてきた。 議会も自由な報道もないから、小説と批評がその役を負った。作家は社会の良心という位置に置かれ、それが重みと危険の両方をもたらした。
その前提が消える。報道が自由になれば、社会について語る場は文学だけではない。文学は数ある表現の一つになった。
「ロシアの作家は預言者である」という自己像の終わりとして、これはしばしば語られる。喪失として書かれることも、正常化として書かれることもある。
何が書かれているか
ヴィクトル・ペレーヴィンは、ソ連崩壊後の混乱を、仏教的な観念と広告・メディアの言語を混ぜた小説で書いた。『チャパーエフと空虚』『ジェネレーションP』など。現実がどこにもないという感覚を主題にする。
ウラジーミル・ソローキンは、社会主義リアリズムの文体を精密に模倣し、途中から破壊するという方法をとった。言語そのものを標的にする。 作品が政治的な攻撃の対象になったこともある。
リュドミラ・ウリツカヤは、ソ連期を生きた家族の歴史を丁寧な語りで書く。制度ではなく、その下で暮らした個人の側から二十世紀を見る。
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチはベラルーシの作家で、ロシア語で書く。数百人への聞き取りを構成した「声の集積」という形式をとり、『戦争は女の顔をしていない』『チェルノブイリの祈り』などを書いた。二〇一五年にノーベル文学賞。受賞は「文学」の範囲をめぐる議論も呼んだ。
この時代をどう読むか
| 中身 | |
|---|---|
| 過去の解禁 | 七十年分の未発表作が数年で刊行され、読者は過去を読んだ |
| 地位の変化 | 文学が社会の議論を代替する必要がなくなった |
| 方法の多様化 | 観念小説、文体の破壊、家族史、聞き書き |
| 国境と言語 | ロシア語で書く作家がロシア国外にも広く存在する |