われら

原題
My
作者
エヴゲーニイ・ザミャーチン
成立
1920-1921
ロシア
時代
ソヴィエト期

概要

1920年から1921年にかけて書かれた長篇小説である。二十世紀のディストピア小説の先駆にあたる。

舞台は、はるか未来の「単一国」である。二百年の戦争を経て、人類の大半が滅び、生き残った者たちがガラスの壁に囲まれた都市に暮らしている。すべてが理性と数学によって管理されている。人々に名前はなく、数字で呼ばれる。 家はガラス張りで、私生活は存在しない。「時間律法表」によって、起床、労働、食事、睡眠の時刻が全員一律に定められている。

国家の頂点には「恩人」がおり、毎年満場一致で再選される。市民は「われら」として一体化しており、「わたし」という単数は病とみなされる。

形式は日記である。語り手は宇宙船の技師で、記号D-503。この日記は、宇宙船で他の惑星の住民に単一国の完璧さを伝えるために書き始められる。体制を賛美するために書き始めた記録が、次第に語り手自身の逸脱の記録になっていく。

ザミャーチンは1884年の生まれ。造船技師であり、革命前は帝政に反対して逮捕された経歴を持つ。ロシア革命を当初は支持したが、革命後の体制が新たな抑圧に転じることに幻滅した。

執筆は革命直後の混乱期にあたる。この作品は、ソ連で最初に検閲によって発表を禁じられた小説とされる。ロシア語での刊行はソ連国内では行われなかった。

原稿は国外に持ち出され、1924年に英訳が、後にチェコ語、フランス語で刊行された。1927年、亡命者の雑誌にロシア語版が載ると、ザミャーチンは国内で激しく非難された。作家としての活動が困難になり、スターリンに直接手紙を書いて出国を願い出る。ゴーリキーの仲介もあって認められ、1931年にパリへ移った。1937年、亡命先で死去した。

ソ連でこの作品が正式に刊行されたのは、1988年である。執筆から六十年以上を経ていた。

作品には、当時のソ連の状況への直接の批判が込められている。テイラー主義——労働を科学的に管理する手法——への言及があり、機械のように規格化された労働への警戒が示される。同時に、ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟の「大審問官」——人間は自由に耐えられず、パンと引き換えに服従を選ぶという議論——を、この作品は直接に引き継いでいる。

文学史における評価と影響

20世紀ディストピア小説の原型である。ハクスリーすばらしい新世界オーウェル一九八四年は、いずれもこの作品の後に書かれた。

とりわけオーウェルとの関係は明確である。オーウェルは1946年にこの作品の書評を書き、数字で呼ばれる市民、全面的な監視、指導者への熱狂を高く評価した。一九八四年の設定——遍在する監視、思想の管理、個人の抹消——は、この書評を書いた三年後に完成している。ディストピアの系譜は、この作品を起点とする。

三作の管理の仕方の違いは、しばしば比較される。ザミャーチンでは理性と数学と幾何学的な秩序、ハクスリーでは快楽と条件づけ、オーウェルでは恐怖と苦痛が支配の手段になる。この作品の特徴は、抑圧が「理性」と「幸福」の名において行われる点にある。人々は不幸なのではなく、自由を取り上げられた代わりに管理された幸福を与えられている。

思想の面では、理性による社会の完全な設計への批判が核にある。すべてを合理化し、偶然と逸脱を排除した社会は、人間から想像力と自由を奪う。この批判は、ドストエフスキー地下室の手記が示した、合理主義への反発を受け継いでいる。「水晶宮」への抵抗という主題が、ここで未来社会の形をとる。

文体も特徴的である。数学の記号、幾何学の比喩、断片的な文が多用され、語り手の理性的な世界が言語のレベルで表現される。その理性が崩れていく過程が、文体の乱れとして現れる。

日本でも訳が読める。ディストピア三部作を並べて読むと、それぞれの支配の論理の違いが見えてくる。

あらすじ

D-503は、宇宙船「インテグラル」の建造を指揮する数学者である。単一国の秩序を心から信じ、その完璧さを記録するために日記を書き始める。恋人格の相手O-90がおり、国家の割り当てにもとづく関係を持っている。

散歩の時間に、女I-330と出会う。規則を軽んじ、禁じられた酒や煙草をたしなみ、古い時代の音楽を弾く女である。D-503は動揺し、惹きつけられる。理性で説明できない感情が、初めて生じる。

I-330は、D-503を古い「古代の家」——過去の時代の暮らしを保存した博物館——へ連れて行く。壁の外の世界、緑と獣に満ちた自然の存在を示す。D-503は魂を持ち始める。医師の診断では、それは「魂の形成」という病である。

I-330は、単一国の転覆を企てる地下組織「メフィ」の一員だった。D-503に近づいたのは、その指揮する宇宙船「インテグラル」を奪取する計画のためだった。D-503は、I-330への愛と、国家への忠誠の間で引き裂かれる。

反乱が試みられる。壁の一部が破られ、外の世界と内側がつながりかける。だが、この事態に対し、国家は最終的な解決を打ち出す。全市民に、想像力を司る脳の部位を焼き切る手術を義務づける。 「大手術」と呼ばれるこの処置により、人はもはや空想も逸脱もできなくなる。

D-503は手術を受ける。手術を終えると、もはや何も感じない。I-330が拷問——ガラスの鐘の下で真空にする刑具——にかけられるのを、無感動に見つめる。I-330は何も自白しない。日記の最後で、D-503は、理性は必ず勝利するはずだと、感情を失った声で記す。反乱は壁の外の一部で続いているが、都市の内側では秩序が回復する。

作者

登場する文学史