イワン・ブーニン
- 原綴
- Иван Бунин
- 生没
- 1870–1953
- 出身
- ヴォロネジ
- 国
- ロシア
- 時代
- 銀の時代
生涯
1870年、ヴォロネジに生まれた。没落しつつある古い貴族の家系である。この滅びゆく地主貴族の世界が、生涯の主題になった。
正規の教育はほとんど受けず、独学で文学を学んだ。早くから詩と散文を書き、チェーホフ、ゴーリキー、トルストイといった作家たちと交わった。とくにチェーホフとは、親しい友人だった。19世紀ロシア文学の古典的な伝統を、深く受け継いでいる。
革命前、その洗練された文体によって、高い評価を得た。ロシア科学アカデミーの名誉会員にも選ばれている。
1917年の革命を、ブーニンは憎んだ。愛するロシアとその文化を壊す野蛮な暴力としか見ていない。革命後の混乱を記録した日記『呪われた日々』には、その激しい嫌悪が刻まれている。
1920年、ブーニンはロシアを離れ、亡命した。以後、生涯をフランスで過ごす。以後は、記憶のなかのロシアだけを書き続けることになる。
1933年、ノーベル文学賞を受賞する。ロシア人として初めての受賞だった。だが、それは、ソ連の作家としてではなく、亡命者としての受賞だった。ソ連国内では、その存在が長く無視された。
亡命生活は、経済的に苦しかった。第二次大戦中は、南フランスで、困難な生活を送りながらも、ユダヤ人を匿うなどした。戦後、ソ連への帰国を誘われたが、応じなかった。1953年、パリで、貧困のうちに、八十二歳で死去した。
作風
作品の中心にあるのは、革命によって失われた古いロシアである。没落していく地主貴族の屋敷、田園の風景、農民の暮らし。すでに無くなったものとして、哀惜をこめて描かれる。
文体は、精緻で、感覚的である。ブーニンは、19世紀ロシア文学の古典的な写実の伝統を受け継いだ。だが、その描写は、単なる写実を超えて、詩的な高みに達する。光、色、匂い、音。自然の細部が、驚くほど繊細に、正確に捉えられる。この感覚の鋭さが、ブーニンの散文を、詩に近づけている。
『村』のような初期の作品では、ロシアの農村の現実を、理想化せずに、暗く描いた。貧困、暴力、無知。革命前のロシアの農村の厳しい実態が書かれる。
亡命後、その主題は、記憶と、失われた過去へ移る。『アルセーニエフの生涯』は、自伝的な長編で、幼年時代から青年期までのロシアでの日々を、回想する。すでに存在しない世界が、記憶のなかで、細部まで克明に、再現される。
愛と死も、繰り返し現れる主題である。短篇集『暗い並木道』は、様々な恋愛を描く。その多くは、成就せず、あるいは、束の間の激情の後に、失われる。愛は、しばしば死と隣り合わせにあり、その儚さゆえに、美しい。
作品
『村』(1910年)
ロシアの農村を、暗く描いた中篇である。初期の代表作にあたる。
『サンフランシスコから来た紳士』(1915年)
富裕なアメリカ人が、旅の途中で、あっけなく死ぬ物語である。富と文明の空虚さを描く。
『アルセーニエフの生涯』(1930年、1939年)
自伝的な長編である。ノーベル賞受賞の主な対象になった。
『暗い並木道』(1943年)
愛を主題にした短篇集である。亡命後の代表作にあたる。
『呪われた日々』
革命期の日記で、革命への激しい憎悪を記す。
日本語では短篇集と、『アルセーニエフの生涯』が読める。
文学史における立ち位置と影響
ブーニンは、19世紀ロシア文学の古典的な伝統を、20世紀に受け継いだ、最後の巨匠とされる。
その位置は、時代の潮流とは、逆を向いていた。同時代に、ベールイらの詩人が言葉の実験へ向かい、マヤコフスキーら未来派——過去の芸術を捨てて機械と速度の時代にふさわしい表現を作ろうとした一群——が革新を叫んだのに対し、ブーニンは、トルストイやチェーホフの伝統を、頑固に守り続けた。前衛にも、革命にも与さず、古典的な写実の完成を目指した。
ロシア人初のノーベル賞受賞は、その文学の達成が、国際的に認められたことを示す。だが、それが亡命者としての受賞だったことは、20世紀ロシア文学の分裂を象徴している。ロシア文学は、ソ連国内に残ったものと、亡命したものとに、引き裂かれた。ブーニンは、その亡命ロシア文学の最高峰に立つ。
亡命文学の代表として、その位置は重要である。祖国を失い、記憶のなかのロシアを書き続けるという営みは、亡命という20世紀の経験を、深く体現している。失われた世界を、言葉のなかに保存する、という文学の働きを、その作品は示している。
ソ連では長く無視された後、スターリンの死後に統制が緩んだ「雪解け」の時期から再評価が始まった。今日では、ロシア文学の古典として、国内でも高く評価されている。
日本での受容は、短篇の名手として、また、亡命作家として進んだ。その感覚的で精緻な文体は、高く評価されている。