エヴゲーニイ・ザミャーチン
- 原綴
- Евгений Замятин
- 生没
- 1884–1937
- 出身
- レベジャン(タンボフ県)
- 国
- ロシア
- 時代
- ソヴィエト期
生涯
1884年、ロシア中部の町に生まれた。ペテルブルクの工科大学で造船工学を学び、技師になった。文学と技術の二つの世界に生きた人物である。
学生時代からボリシェヴィキに加わり、革命運動に身を投じた。1905年の革命に参加し、逮捕・流刑を経験している。に対する、筋金入りの革命家だった。
造船技師として、イギリスに滞在した時期がある。ここで、砕氷船の建造を監督した。イギリスの産業社会を、内側から観察した経験は、後の作品に影響を与えている。
1917年の革命を、当初は支持した。だが、革命後の新しい体制が、急速に全体主義的な性格を強めていくのを、ザミャーチンは、いち早く見抜いた。かつての革命家は、革命が生み出した新しい抑圧の鋭い批判者になっていく。
1920年から21年にかけて、長編小説われらを書いた。だが、この作品は、ソ連で出版を許されなかった。革命後のソ連で、最初に検閲によって発禁になった小説とされる。原稿は国外へ渡り、1924年、英訳が刊行された。
作品が国外で発表されたことで、ザミャーチンは、激しい非難にさらされた。作家同盟から追放され、ソ連での活動の場を失う。1931年、ゴーリキーの仲介で、スターリンに手紙を書き、出国を願い出た。異例にも、それが認められる。ザミャーチンはパリへ亡命した。1937年、パリで、貧困のうちに、五十三歳で死去した。
作風
ザミャーチンが描いたのは、徹底的に管理された未来社会である。
われらの舞台は、遥かな未来の「単一国」である。この国では、すべてが数学的な理性によって管理されている。人間には名前がなく、番号で呼ばれる。ガラスでできた透明な部屋に住み、生活のすべてが、時間表によって規定される。愛も、性も、配給制になっている。個人の自由や、内面の感情は、幸福を乱すものとして、否定される。人々は、集団の一部、「われら」として生きることに、幸福を見出している。
この社会に、亀裂が入る。宇宙船の技師である主人公D-503は、一人の女性I-330と出会い、恋に落ちる。I-330は、この完璧な体制に反逆する秘密結社の一員だった。D-503は、それまで知らなかった感情、嫉妬、そして「魂」に目覚めていく。個人が、管理された全体のなかで、いかに個人として目覚めるか。その苦闘が、主人公の日記という形で描かれる。だが、体制は反乱を鎮圧し、人々から想像力を切除する手術を強制する。D-503もまた、手術を受け、再び従順な番号に戻る。
理性による支配が、いかに人間性を抑圧するか、という主題が、その核にある。ザミャーチンは、幸福と自由は両立しない、と問いかける。すべてが管理され、不確実性が排除された「幸福」は、人間から、最も人間的なものを奪う。
文体は、鋭く、断片的である。数学的なイメージ、幾何学的な比喩が、多用される。技師でもあった作者の科学的な思考が、その言葉に反映されている。
作品
われら(1920〜21年執筆、1924年に英訳で刊行、ソ連での公刊は1988年)
代表作である。管理された未来社会を描いた、ディストピア小説にあたる。
『島の人々』(1917年)
イギリス滞在の経験に基づく中篇で、市民社会の偽善を風刺する。
『洞窟』などの短篇も、革命後の困難な生活を描いて知られる。
日本語では『われら』が読める。
文学史における立ち位置と影響
ザミャーチンのわれらは、20世紀ディストピア小説の原型とされる。
この作品は、後の二つの代表的なディストピア小説に、直接の影響を与えた。オーウェルは、『われら』の書評を書いており、『一九八四年』がこの作品から着想を得たことは、広く認められている。ハクスリーのすばらしい新世界についても、影響が指摘される。管理社会を描くこのジャンルは、ザミャーチンに始まる。
革命の内部から、革命が生み出す全体主義を批判した点で、その位置は際立っている。反革命の立場からではなく、革命を支持した者が、その帰結をいち早く見抜いた。この批判の早さと鋭さは、驚くべきものである。作品が書かれたのは、スターリン体制が確立する、はるか以前だった。
ソ連で最初に発禁になった小説として、検閲と文学の関係を象徴する作品でもある。作品が国内で出版できず、国外で発表され、それによって作者が迫害される、という構図は、後のパステルナークやソルジェニーツィンの運命を、先取りしていた。
文学の自由についてのザミャーチンの発言も知られる。真の文学は、従順な役人によってではなく、異端者、反逆者、懐疑家によって作られる、という趣旨の言葉を残した。この信念のために、自らの安住を犠牲にした。
日本での受容は、ディストピア文学への関心のなかで進んだ。オーウェルの源流として、また、独立した傑作として読まれている。