ミハイル・ブルガーコフ

原綴
Михаил Булгаков
生没
1891–1940
出身
キエフ(現・キーウ)
ロシア
時代
ソヴィエト期

生涯

1891年、キエフ(現・キーウ)の神学教授の家に生まれた。医学を学び、1916年に医師となる。革命と内戦の時期に軍医として従軍した。

1921年にモスクワへ出て、医業を捨てて文筆に転じた。新聞に諷刺的な小品を書きながら生活している。

1920年代後半、劇作家として一時的に成功した。『トゥルビン家の日々』は白軍の将校一家を描いた戯曲である。白軍とは、革命に反対して赤軍と戦った側を指す。ソ連にとっては敵にあたる。これがモスクワ芸術座——チェーホフを世に出したロシア随一の劇団——で上演され、評判になった。スターリンがこの芝居を何度も観たと伝えられる。

それでも作品は次々に上演禁止になった。白軍を人間として描いたこと、革命を賛美しないことが問題視されたためである。1930年、ブルガーコフは政府に手紙を書いた。書かせないなら国外へ出してほしい、という趣旨である。

スターリンから直接電話がかかってきた。出国は許されず、代わりにモスクワ芸術座での職が与えられた。書く場所は与えられ、発表は許されない。この状態が死ぬまで続く。

巨匠とマルガリータは1928年に着手し、死の直前まで書き続けた。1930年には自ら原稿を焼き、後に記憶をもとに書き直している。発表のあてはないままだった。

1940年、遺伝性の腎臓の病により48歳で死去した。最後は失明しており、妻エレーナに口述して修正を続けた。

作風

ブルガーコフは、幻想と現実を同じ平面に置いて書いた。

同時代の公式な文学は社会主義リアリズムである。分かりやすい形式で、党の路線に沿って、社会が良くなる方向を描く。ブルガーコフの書き方はその逆にあたる。悪魔が現れ、猫が拳銃を撃ち、女が裸で空を飛ぶ。そしてその隣に、住宅難と密告と官僚制という当時のモスクワの日常が並ぶ。幻想のほうが理屈が通っていて、現実のほうが不条理に見える。この配置が方法になっている。

諷刺の対象は、制度そのものよりも、その制度のなかで人がとる態度に向かう。文学者の保身、役人の空虚な権威、密告と住宅をめぐる小さな欲。巨匠とマルガリータで悪魔の一党が人々を痛めつける場面は、相手の欲と偽善を利用して自滅させるという形をとる。

医師としての経験も作品になっている。『若い医師の手記』は、田舎の病院に赴任した新米医師の連作で、モルヒネ中毒を扱った篇を含む。

作品

『白衛軍』(1925年)

内戦下のキエフで政権が次々に入れ替わる状況を、白軍側の一家の視点から書いた小説である。戯曲『トゥルビン家の日々』の原作にあたる。

『犬の心臓』(1925年執筆)

犬に人間の下垂体を移植したところ、粗野で厚かましい人間ができあがるという中篇である。新しい人間を作るという革命の理想への諷刺で、ソ連での刊行は1987年だった。

巨匠とマルガリータ(1928〜40年執筆、1966年刊行)

主著である。三つの筋が絡み合う。第一に、悪魔ヴォランドとその一党が1930年代のモスクワに現れ、文学者や役人を痛めつける。劇場で紙幣をばらまき、群衆が奪い合う場面が知られる。第二に、精神病院にいる「巨匠」とその恋人マルガリータ。巨匠はピラトについての小説を書いたが、批評家に叩き潰され、原稿を焼いて精神を病んでいる。第三に、その焼かれたはずの小説の中身——ポンティウス・ピラトがイエスを裁くエルサレムの場面が、作中に挿入される。

「原稿は燃えない」は、ヴォランドが焼かれたはずの原稿を差し出して言う台詞である。作品自体の運命を予言した形になった。マルガリータは巨匠を救うために悪魔と取引し、悪魔の舞踏会の女主人を務める。ロシア文学の女性像のなかでも際立った造形とされる。主題は権力と芸術、臆病という罪、赦しである。ピラトが罰せられるのは、イエスを殺したからではなく、正しいと知りながら怖くて助けなかったからだ、という構図が置かれている。

『劇場物語』

モスクワ芸術座を舞台にした未完の小説である。

文学史における立ち位置と影響

ブルガーコフはゴーゴリの系譜に置かれる。幻想と現実の混淆、諷刺、官僚制の不条理という点で共通する。ブルガーコフ自身がゴーゴリを敬愛し、死せる魂の脚色も手がけた。

巨匠とマルガリータは、刊行と同時に熱狂的に読まれ、以後ロシアで最も愛される小説の一つになった。刊行は死から26年後の1966〜67年、雑誌に削除つきで掲載されたものである。完全版はさらに後になった。

国際的な評価も高い。20世紀の小説として繰り返し上位に挙げられ、現実の描写のなかに超自然的な出来事を当然のように混ぜるマジックリアリズムの先駆として語られることもある(ただしラテンアメリカの作家たちとの影響関係が実証されているわけではない)。ローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」がこの作品に着想を得たとされる逸話も広く知られている。

発表のあてがないまま書き続けたという点で、ソヴィエト期を語るときに必ず引かれる作家でもある。同じ状況にあったプラトーノフ、亡命したザミャーチンと並べて論じられる。

作品

登場する文学史