写実主義
- 発祥
- フランス
- 年代
- 1830–1880
- 広がり
- 5 か国 / 21人
ロマン主義の熱狂への反動として、いま目の前にある社会を書く方向が現れた。スタンダールは「小説とは道に沿って持ち歩く鏡だ」という趣旨のことを書いている。
オノレ・ド・バルザックは全作品を『人間喜劇』という一つの体系として構想し、同じ人物を作品をまたいで再登場させることで、個々の小説の外側に社会という全体が実在するかのような効果を作った。ギュスターヴ・フローベールは逆に語り手を消し、自由間接話法によって作者の判断を文章から追放しようとした。
イギリスではチャールズ・ディケンズが連載小説で大衆に読まれながら社会批判を行い、ジョージ・エリオットは地方社会の道徳を精密に描いた。ロシアではレフ・トルストイとフョードル・ドストエフスキーが、社会の描写を人間の魂の問題にまで押し進めている。
日本には明治二十年前後に入った。坪内逍遥の『小説神髄』が勧善懲悪を否定し、二葉亭四迷が『浮雲』で言文一致の実作を試みた。日本ではこれが同時に「話し言葉で書く」という言語の実験でもあった。