プロスペル・メリメ
- 原綴
- Prosper Mérimée
- 生没
- 1803–1870
- 出身
- パリ
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
生涯
1803年、パリの画家の家に生まれた。法律を学んだのち、官僚として身を立てた。とりわけ歴史記念物の監督官として、フランス各地の古い建築や遺跡の保存に尽力したことは、その公的な功績として名高い。
そのかたわらで、小説を書いた。多作ではないが、一作ごとに完成度の高い中短篇を発表した。旅を好み、スペイン、コルシカ、地中海世界を訪れ、その異国の風物と気質を作品に取り込んだ。
歴史記念物の監督官としては、荒廃していた各地の聖堂や城を調査し、その保存の道をつけた。今日フランスの歴史的建造物を集めた国の台帳が「メリメ・データベース」と呼ばれるのは、この功績にちなむ。
晩年は、皇帝ナポレオン三世の宮廷に近く、元老院議員も務めた。ロシア語を学び、プーシキンやゴーゴリ、ツルゲーネフの作品をフランス語に訳して、ロシア文学のフランスへの紹介にも貢献した。1870年、普仏戦争のさなかに没した。
作風
メリメの文体は、簡潔で、客観的である。感情に溺れず、事実を淡々と、正確に描く。語り手は、登場人物の激しい情念から一歩引いた位置に立ち、冷静にその顛末を報告する。この抑制された筆が、かえって物語の激しさを際立たせる。
好んで描いたのは、文明の外にある、原初的な情念である。名誉のための復讐、抑えがたい嫉妬、破滅を恐れぬ恋。コルシカやスペイン、ジプシーの世界といった、当時のフランス人にとって異国的な舞台で、こうした激しい情念のドラマが展開する。
中短篇という形式を、完璧に使いこなした。無駄のない構成、鮮やかな場面、そして印象的な結末。長い小説がもてはやされた時代に、簡潔で凝縮された物語の名手として、独自の位置を占めた。
作品
『カルメン(Carmen)』(1845年)
スペインを舞台に、ジプシーの女カルメンと、彼女に狂わされ破滅する兵士ドン・ホセを描いた中篇である。奔放で自由なカルメンと、嫉妬に狂う男の悲劇を、簡潔な筆でとらえた。作曲家ビゼーのオペラの原作として、世界的に知られている。
『コロンバ(Colomba)』(1840年)
コルシカ島を舞台に、一族の名誉のために復讐を遂げようとする娘を描いた中篇である。血の掟に生きる人々の、原初的な情念を描いた。
短篇『マテオ・ファルコネ』も、掟と裏切りをめぐる非情なドラマを、凝縮された筆で描いた名作にあたる。怪奇短篇『イールのヴィーナス』では、掘り出された女神像が花婿を殺すという幻想の物語を、冷静な語りで描いた。
初期には、南スラヴの民謡と称する詩集『グズラ』を、まったくの創作でありながら本物として発表し、プーシキンらを信じ込ませた。異国の声を巧みに作り出すその手腕を示す逸話である。
文学史における立ち位置と影響
メリメは、フランスの中短篇小説を、簡潔で完成度の高い芸術へと磨き上げた作家として文学史に名を残す。感情に流されない客観的な文体は、続くレアリスム(写実主義)の文学を、遠く準備するものだった。
とりわけ『カルメン』は、ビゼーのオペラを通して、原作の枠をはるかに越えて世界に広まった。奔放な女カルメンの像は、今日では世界中の人が知る、文学と音楽の共有財産になっている。
異国の情念を冷静な筆で描くその手法は、後の作家に影響を与えた。ロシア文学に通じ、その紹介にも努めた国際的な教養も含めて、十九世紀フランスを代表する短篇の名手とされている。