アントン・チェーホフ
- 生没
- 1860–1904
- 国
- ロシア
- 時代
- 黄金時代
何をやったか
事件を起こさずに小説と劇を成立させた。 明快な筋も劇的な結末もなく、人物が日常の中で何かを取り逃がし続ける。その状態そのものが作品になっている。
短篇小説では、説明を省き、細部だけを提示して読者に判断を委ねる方法を確立した。この技術は二十世紀の短篇小説の標準になった。
戯曲でも同じ方法をとった。三人姉妹(一九〇一年)や桜の園(一九〇四年)では、人物が噛み合わない会話を交わし、望みは実現しないまま幕が下りる。
医師でもあり、生涯にわたって診療を続けた。サハリンへ渡って流刑地の実態を調査した記録も残している。四十四歳で結核により没した。
文学史における位置
近代短篇小説の型を作った。 「説明しない」「結末をつけない」という方法は、その後の短篇の書き手に広く受け継がれた。
演劇史での影響はさらに大きい。モスクワ芸術座のスタニスラフスキーとの協働を通じて、内面を重視する演技法の基礎が作られた。この方法は二十世紀の演劇と映画の演技論に決定的な影響を与えている。
桜の園を本人は喜劇と考えていたが、スタニスラフスキーは悲劇として演出した。この解釈の対立は今日まで続いており、上演のたびに問題になる。
ロシア黄金時代の最後に位置し、レフ・トルストイ・フョードル・ドストエフスキーの巨大な長篇の時代の後に、小さく静かな形式を確立したことになる。
代表作
何から読むか
短篇から入るのが最も手軽である。 数ページの作品が多く、方法の特徴がすぐ分かる。
戯曲なら桜の園が代表作である。喜劇として書かれたことを知っておくと、読み方が変わる。
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