オノレ・ド・バルザック

白いシャツ姿で胸に手を当て、正面を見るオノレ・ド・バルザックの銀板写真。
1842年のダゲレオタイプ
原綴
Honoré de Balzac
生没
1799–1850
出身
アンドル=エ=ロワール県トゥール
フランス
時代
19世紀

生涯

1799年、ロワール河畔の都市トゥールに生まれた。父は農民出身で、革命期に官吏として成り上がった人物である。「ド・バルザック」の貴族風の姓は本人が後から名乗ったもので、家系に根拠はない。

法律を学び、訴訟の手続きを代行する代訴人の事務所に勤めたが、20歳で作家になると宣言し、家族と衝突しながらパリの屋根裏で書き始めた。最初の数年は偽名で通俗小説を量産し、まったく売れていない。1825年ごろには出版と印刷の事業に手を出して失敗した。この時に負った借金が生涯ついて回る。以後も繰り返し事業や投機に手を出しては損失を重ねた。

1829年の『ふくろう党』で自分の名を出し、以後は驚異的な速度で書く。夜中に起きて、コーヒーを大量に飲みながら十数時間書き続ける生活だった。借金の返済に追われ、締切に追われ、印刷所で校正刷りに大幅な加筆を繰り返して植字工を困らせている。1842年には、それまでの作品と構想中の作品をまとめて『人間喜劇』という総題を与えた。ダンテ神曲に対して、神の世界ではなく人間の側の喜劇だ、という含みを持つ。

ポーランドの貴族エヴェリナ・ハンスカ夫人と18年にわたって文通し、1850年3月にようやく結婚した。その5か月後、51歳で死去する。過労と、長年の生活の無理が原因とされる。葬儀ではユゴーが弔辞を読んだ。

作風

バルザックは、個々の小説ではなく、全体で一つの社会を作ろうとした。『人間喜劇』は約90篇を「パリ生活の情景」「地方生活の情景」「私生活の情景」といった区分に配置する構成をとる。風俗の歴史家として、当時のフランス社会を丸ごと記録する、という構想だった。扱う時期は、ナポレオン没落後に王政が戻った1815年から、市民の王ルイ=フィリップが立った七月王政の時代までにあたる。

技術的な中心が人物再登場法である。ある小説の脇役が、別の小説で主役になる。三作目ではその後の人生が語られる。同じ人物が複数の作品を横断して年を取っていく。たとえば野心的な青年ラスティニャックはゴリオ爺さんで地方から出てきた学生として登場し、後の作品では成功した政治家になっている。脱獄囚ヴォートランは複数の作品に現れ、最後には警察の幹部になる。この方法の効果は、作品の外側に社会が実在するように見えることである。一作を読み終えても人物の人生は続いており、別の本の中で生きている。読者は世界の一部だけを覗いたという感覚を持つ。

金の話を正面から書いた点も特徴である。年収がいくらで、家賃がいくらで、持参金がいくらか。人物の紹介に必ず経済状況が付く。恋愛も結婚も相続も、金の動きとして記述される。

描写は長い。下宿の建物、部屋の匂い、家具の傷。物語が始まる前に十数ページかけて場所を書き込む。環境が人物を作るという前提があり、その環境を先に固定する手順をとる。

作品

ゴリオ爺さん(1835年)

最もよく読まれている。パリの安下宿を舞台に、二人の娘に財産を注ぎ込んで捨てられる老人と、出世を目指す青年ラスティニャックを軸に進む。人物再登場法が本格的に始まった作品であり、『人間喜劇』への入口とされる。

幻滅(1837〜43年)

地方の詩人志望リュシアンがパリへ出て、文学ではなく新聞業界の内幕に呑まれていく話である。ジャーナリズムの腐敗を扱った長篇であり、代表作に挙げる評価も多い。

谷間の百合(1836年)

年上の人妻への抑制された愛を描く。

従妹ベット(1846年)

晩年の作で、冷遇された独身女性が静かに一族への復讐を進める。悪意の造形が際立つ。

あら皮(1831年)

願いを叶えるたびに縮み、持ち主の寿命を削る皮を扱う幻想的な作品である。の作家として括られるが、こうした作品も書いている。

文学史における立ち位置と影響

バルザックは「小説が社会全体を引き受ける」という方向を確立した。それ以前の小説は、一人の主人公の物語という形が基本だった。バルザックは社会そのものを対象にし、そのために複数の作品を連結するという方法を取った。この発想は、以後の大規模な小説の前提になっている。

直接の後継がゾラである。全20巻の『ルーゴン・マッカール叢書』は、体系の構想をバルザックから、科学の枠組みを同時代の生理学から取った。

一方、フローベールは正反対へ進んだ。バルザックでは語り手が前に出て人物を説明し評価するが、フローベールはその語り手を消そうとした。同じ写実主義に括られながら、語り手の扱いが対極にある。

プルーストも人物再登場の手法を使っている。ただし違いがある。バルザックでは人物が客観的に存在し、読者は複数の角度からその人を知る。プルーストでは同じ人物が見るたびに違う人物になり、どれが本当かは示されない。

社会科学の側からも読まれてきた。マルクスとエンゲルスがバルザックを高く評価し、当時のフランス社会の記述として参照している。本人は王党派で保守的な立場だったが、書かれた内容は階級の動きを正確に捉えているという評価であり、作者の意図と作品の機能が食い違う例としてしばしば引かれる。

日本では明治期から訳され、社会を広く扱う小説の手本として読まれた。

作品

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