ジョージ・エリオット

白い襟の衣装に黒い上着をまとった、若いジョージ・エリオットの油彩肖像画。
フランソワ・ダルベール・デュラード筆
原綴
George Eliot
生没
1819–1880
出身
ウォリックシャー州ナニートン近郊
本名
Mary Ann Evans
イギリス
時代
ヴィクトリア朝

生涯

1819年、中部イングランドの地主の差配人の家に生まれた。本名はメアリ・アン・エヴァンズという。

学校教育は16歳までで、以後は独学である。語学に長け、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ラテン語、ギリシャ語、後にヘブライ語を習得した。

若い頃は熱心な福音主義の信者だった。個人が聖書と直接向き合い、回心の体験を重んじるプロテスタントの一派である。だが、聖書を歴史上の文書として検証するドイツの研究に触れ、信仰を失う。教会へ行くことを拒んで父と対立した。シュトラウス『イエスの生涯』とフォイエルバッハ『キリスト教の本質』を英訳している。どちらもキリスト教を歴史的・人間学的に相対化する書物であり、当時のイギリスでは危険な内容だった。

1851年にロンドンへ出て、『ウェストミンスター・レヴュー』の実質的な編集者となる。女性が知識人の世界で職を得ることが稀な時代だった。

1854年、批評家ジョージ・ヘンリー・ルイスと暮らし始める。相手には妻子があり、当時の法律では離婚できない状況だった。二人は二十年以上ともに暮らしたが、この関係は不倫として社会的に非難され、家族から絶縁され、社交界から締め出された。

小説を書き始めたのは37歳のときである。1857年に「ジョージ・エリオット」の名で発表した。この名は伴侶の名から取られている。男性名を選んだ理由は二つある。一つは、当時の女性作家の作品が「女性向けの他愛ない恋愛物語」という枠で扱われがちだったこと。エリオット自身、『女性作家による愚かな小説』という辛辣な評論を書いている。もう一つは、私生活が作品の評価を妨げることを避けたかったことである。

正体はやがて知られたが、作品の評価は保たれた。ヴィクトリア女王が愛読者だったと伝えられる。

1878年にルイスが死去し、1880年、二十歳年下のジョン・クロスと結婚した。その七か月後、60歳で死去した。

作風

エリオットの小説は、人の判断が変わっていく過程を段階的に追う。

同時代のディケンズが誇張と類型で人物を描いたのに対し、エリオットは一人の人間の内側を分析的に書く。地の文が、その人物が何を考え、なぜそう考えるに至ったかを説明していく。心理描写の精度において、後の小説に道を開いた。

そして、その判断を左右するのは環境である。育った土地、親の職業、手に入った教育、周囲の期待。人はその条件のなかでしか選べない。エリオットの小説が扱うのは田舎町の平凡な人々であり、英雄も大事件も出てこない。

背景には信仰を失った経緯がある。神の摂理がないなら、道徳の根拠は人間同士の共感に置くしかない。この考えが作品の骨格になっている。誰かの立場を想像できるかどうかが、繰り返し人物の分岐点になる。

語り手はしばしば作中に介入し、読者に向けて一般化した考察を述べる。当時の小説の慣習でもあるが、エリオットの場合はその考察自体が読みどころになっている。

作品

『アダム・ビード』(1859年)

最初の長篇である。農村の大工と、嬰児殺しの罪を犯す娘を扱う。

『フロス河の水車場』(1860年)

兄と妹の関係を書いたもので、自伝的な要素が強い。

『サイラス・マーナー』(1861年)

金を貯めるだけの孤独な織工が、拾った子を育てて変わる話である。短く読みやすいため、入門として読まれることが多い。

ミドルマーチ(1871〜72年)

代表作である。英語で書かれた最良の小説に挙げられることが多い。イングランドの地方都市を舞台に、複数の筋が並行して進む。ドロシアは知的な野心を持つ若い女性で、世の中に意味のあることをしたいと考えている。だが女性に開かれた道がない。そこで、大きな学問的仕事をしていると信じた老学者と結婚するが、その研究は何十年も停滞した無価値なものだった。もう一つの筋の中心にいるリドゲイトは、病院を改革し研究をしたいと望む若い医師である。だが浪費家の妻との生活と、地元の政治に絡め取られていく。二人とも、大きなことをしようとしてできない。結末でドロシアは歴史に名を残さない。小説は、名の残らない人々の善意が世界を少しよくしているという趣旨の一節で終わる。偉大にならなかった人生をどう評価するかが、この作品の主題である。

『ダニエル・デロンダ』(1876年)

最後の長篇で、ユダヤ人の主題を正面から扱った点が当時としては例外的だった。

文学史における立ち位置と影響

エリオットは、ヴィクトリア朝の小説のなかで最も知的な作家とされる。

ウルフミドルマーチを「大人のために書かれた数少ない英語の小説の一つ」と評したとされる言葉が、繰り返し引かれる。

心理を分析的に書く方法は、後の小説に受け継がれた。人物が何を考えているかを地の文が細かく追う書き方は、意識の内側を主題にする20世紀初頭の小説へつながっていく。

評価の変動が大きい作家でもある。20世紀初頭には教訓的で古いとして人気が落ちたが、批評家F・R・リーヴィスらの再評価を経て、今日では英語小説の頂点の一人とされる。

女性作家の受容という観点でも重要である。シャーロットエミリーのブロンテ姉妹と同じく男性名で出発したが、より長く、より広い主題を扱い続けた。女性が知識人として職業的に生きた例としても早い。

日本での翻訳は多くない。ミドルマーチの分量が大きいことが一因だが、近年になって新訳が出ている。

作品

関連する文芸思潮・文学運動

登場する文学史