ギリシャ叙事詩の時代

ギリシャ文学 叙事詩の時代

通史では、この時代を「声で伝えられた英雄譚」と要約した。ここではその中身を開く。

ここで扱うのは、ヨーロッパ文学の最も古い層である。ただし「最古」という言い方には注意が要る。書かれた記録が残っている最古であって、それ以前に文学がなかったわけではない。むしろイリアスオデュッセイアの内部には、文字以前の語りの技術がそのまま保存されている。

ホメロス問題 — 一人の詩人か、伝統の名前か

イリアスオデュッセイアホメロスの作とされる。だがこの人物が実在の個人だったかどうかは決着していない。

議論の根拠は作品そのものにある。両作には次の特徴がある。

これらは書き手の語彙が乏しいのではなく、声で覚えて声で伝えるための技術である。二十世紀の研究で、旧ユーゴスラビアの口承詩人が同じ手法を使っていることが確認され、この見方が有力になった。

したがって、長い口承の伝統が一人の名前に集約されたとする説が有力である。ただし最終的な形にまとめた個人がいた可能性も否定されておらず、断定は避けるべきである。

二つの叙事詩

イリアス はトロイア戦争の十年目の、わずか数十日を扱う。戦争の始まりも終わり(木馬)も書かれない。

主題は戦争ではなく、アキレウスの怒りである。冒頭で「怒りを歌え」と宣言され、その怒りがどこへ向かい、どう鎮まるかが全体の構造になっている。一つの感情に焦点を絞るという構成意識は、この時期の作品として際立っている。

終幕では、息子の遺体を返してほしいと敵の老王が懇願し、アキレウスがそれに応じる。戦争の勝敗ではなく、敵同士が互いの悲しみを認め合う場面で終わる。

オデュッセイア は帰還の物語である。戦争が終わった後、故郷へ帰るまでの十年が語られる。時間が前後し、主人公が自分の冒険を回想として語る場面がある。語りの構造がイリアスより複雑である。

「故郷への長い帰還」という型は、以後のヨーロッパ文学が繰り返し用いた。二十世紀にジェイムズ・ジョイスユリシーズでこの構造を借り、ダブリンの一日に置き換えている。

ヘシオドス — 神々を整理する

ヘシオドス神統記(神統記)は、世界の始まりから神々の系譜を整理した作品である。

ギリシャ神話には正典がない。 各地の伝承が並立しており、この作品はそれを体系化しようとした早い試みにあたる。今日われわれが「ギリシャ神話」として知る系譜の骨格は、ここに多くを負っている。

もう一つの『仕事と日』は、農民の労働と暦を主題にした教訓詩である。英雄でも神でもなく、日々働く人間を扱っている点でイリアスと対照的である。

サッポー — 個人の感情という発明

同じ時期、レスボス島にサッポーがいた。

叙事詩が集団の記憶と英雄を歌うのに対し、彼女が歌ったのは一人の人間の感情である。恋の身体的な症状——汗が出る、震える、声が出ない——が具体的に書かれる。

古代において最も高く評価された抒情詩人の一人で、プラトンが「第十の詩神」と呼んだという伝承がある。

だが作品はほとんど残っていない。 完全な形で伝わるのは一篇のみで、他は断片である。パピルスの発見によって新しい断片が加わることが今もある。

集団の英雄譚と、個人の感情の歌が、最初期から並立している。 この二つの系譜が、以後のヨーロッパ文学の詩の両輪になる。

文字の獲得と、その後

ギリシャ人がフェニキア文字を借りて母音字を加え、ギリシャ文字を作ったのは前八世紀頃とされる。イリアスの成立とほぼ同時期である。

つまりこの時代は、声の文学が文字によって固定された瞬間にあたる。それ以前の膨大な口承は失われ、たまたま書き留められたものだけが残った。われわれが読めるのは、選ばれて生き延びたごく一部である。

この時代をどう読むか

中身
口承の技術決まり文句の反復は欠点ではなく、記憶と即興のための装置
ホメロス問題個人か伝統か。決着していない
二つの系譜集団の英雄譚(ホメロス)と個人の感情(サッポー)が並立
神話の体系化ヘシオドスが正典のない神話に骨格を与えた

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