ペテルブルグ

原題
Peterburg
作者
アンドレイ・ベールイ
成立
1913
ロシア
時代
銀の時代

概要

1913年から翌年にかけて発表された長篇小説である。作者ベールイは詩人・思想家で、ロシア象徴主義を代表する一人にあたる。

舞台は1905年、第一次ロシア革命の年のペテルブルグである。高級官僚アポロン・アブレウホフと、その息子で学生のニコライが中心にいる。ニコライは、革命組織との関わりから、時限爆弾で自分の父を殺すよう命じられる。 爆弾は鰯の缶詰に仕込まれ、息子の部屋に置かれる。

物語は、この爆弾が爆発するかどうかを軸に、数日間の出来事を追う。だが筋そのものより、都市そのものの描写と、言語の実験が作品の中心にある。

ペテルブルグという都市が、主人公格の存在として描かれる。幾何学的に設計された人工都市、霧、直線の大通り、青銅の騎士像。その非現実的な威圧感が、繰り返し立ち現れる。人物の意識と都市のイメージが溶け合い、現実と幻覚の境が曖昧になる。

ベールイは1880年、モスクワの数学者の家に生まれた。本名はボリス・ブガーエフ。象徴主義の詩人として出発し、神秘思想や人智学に傾倒した。

執筆は1910年代初頭にあたる。当時のロシアは、1905年の革命の記憶が生々しく、次の激動が予感される時期だった。作品はその不安の空気を背景にしている。

作品には複数の版がある。1913年から翌年にかけての初版と、作者が大幅に短縮した1922年の改訂版である。改訂版は、リズムを強めた代わりに内容を削っており、どちらを読むべきかは訳者によって判断が分かれる。

文体は、音のリズムを重視する。散文でありながら、詩のように音節と反復が計算されている。 特定の色、音、言葉が主題として繰り返され、意味よりも印象で読者に働きかける。この実験的な文体は、翻訳を著しく困難にしている。

ベールイは革命後もソ連にとどまり、1934年に死去した。

文学史における評価と影響

ロシア象徴主義の到達点とされる長篇である。ロシア文学における「銀の時代」——20世紀初頭の詩と芸術の隆盛期——を代表する散文作品にあたる。

ナボコフは、20世紀の最も優れた散文作品を四つ挙げた際、ジョイスユリシーズカフカ変身プルースト失われた時を求めてと並べて、この作品を挙げた。モダニズム小説の系譜において、西欧の代表作と対等に位置づけられることを示す評価である。

ジョイスユリシーズとしばしば比較される。どちらも、一つの都市を舞台に、限られた時間の中で、意識の流れと言語の実験を展開する。この作品の方が数年早い。ただし両者の間に直接の影響関係はなく、同時代に別々に生じた達成とされる。

都市の描き方が、この作品の核心にある。ペテルブルグは、プーシキン以来のロシア文学で、人工的で幻想的な都市として繰り返し描かれてきた。この作品は、その伝統の頂点にあたる。幾何学的な設計、霧、青銅の騎士像といった形象が、革命前夜の不安と結びつく。都市そのものが、登場人物を狂わせる力として働く。

主題としては、父と子の対立、西欧とアジアの間で引き裂かれるロシア、そして革命への予感が扱われる。爆弾は、来るべき破局の象徴として読まれる。

翻訳の困難さから、他のロシア文学の代表作に比べて広く読まれてはこなかった。だが、専門家の間での評価は一貫して高い。

日本でも訳がある。音の実験を日本語でどこまで再現するかが、訳の課題になっている。

あらすじ

元老院議員アポロン・アブレウホフは、冷たく几帳面な高級官僚である。妻に去られ、息子ニコライとの関係もぎくしゃくしている。

息子ニコライは、大学生で、革命的な組織に接触している。かつて、ある約束のもとに、テロ組織から重大な任務を引き受けていた。その組織の男ドゥドキンが、時限爆弾の入った包みをニコライに預ける。

やがてニコライに、恐るべき指令が下る。その爆弾で、自分の父を殺せ。 標的が実の父であることを、ニコライは遅れて理解する。ニコライは、承諾したことへの後悔と、拒めない立場の間で引き裂かれる。

爆弾は缶詰の姿で、ニコライの机の引き出しに置かれる。時を刻み続ける。ニコライは苦悩し、決断できないまま時間が過ぎる。父アブレウホフは、息子の部屋でその缶詰を見つけ、何とは知らずに自室へ持ち去る。

背後には、革命組織と、それに潜入した挑発者の陰謀がある。指令そのものが、組織内の裏切りと策謀の産物であったことが、次第に明らかになる。

爆弾は、最終的に爆発する。だが、その爆発は誰も殺さない。深夜、無人に近い状況で炸裂し、父も息子も難を逃れる。 大きな悲劇は、寸前で回避される。

事件の後、家族は離散する。ニコライは国外へ去り、後にエジプトを旅し、両親の死後に故郷へ戻って農村で暮らす。都市の悪夢のような時間から離れた場所で、物語は静かに幕を閉じる。

作者

登場する文学史