アンドレイ・ベールイ

原綴
Андрей Белый
生没
1880–1934
出身
モスクワ
本名
Борис Бугаев
ロシア
時代
銀の時代

生涯

1880年、モスクワに生まれた。本名はボリス・ブガーエフという。父はモスクワ大学の著名な数学者だった。ベールイ自身も同大学で自然科学を学んでおり、数学的・科学的な思考が、その文学の基盤にある。

の運動に加わり、ブロークと親交を結んだ。二人は哲学者ソロヴィヨフの影響を共有している。世界を救う「永遠の女性」がいるとする神秘的な思想で、当時の若い詩人に広く受け入れられていた。だが、ベールイがブロークの妻リュボーフィに恋愛感情を抱いたことから、二人の関係は複雑なものになった。

神秘思想への傾倒は生涯続いた。とくにシュタイナーの人智学に深く帰依した。目に見えない精神の世界を、科学と同じ手順で認識できるとする思想である。一時期はスイスにあったその拠点で、神殿の建設に労働者として加わっている。

1916年に帰国し、革命を経験した。当初は革命に精神的な意味を見出したが、次第に困難な状況に置かれる。前衛的なその作風は、が公式路線になる時代には受け入れられなかった。

晩年は、回想録の執筆や、ゴーゴリ研究に力を注いだ。1934年、五十三歳で死去した。日射病が原因とされるが、若い頃に自らの死を予言したような詩を書いていたことが、後に注目された。

作風

ベールイの文章では、言葉の音とリズムそのものが表現の核になっている。同じ語句が旋律のように繰り返され、少しずつ形を変えて戻ってくる。本人はこれを「音楽」として構想した。散文でありながら音のパターンで組み立てられている点で、通常の小説の枠を外れる。

代表作ペテルブルグは、その方法の頂点である。1905年の革命前夜のペテルブルクを舞台に、高官の父と、テロ組織に関わる息子の物語が展開する。息子は、父を爆弾で暗殺するよう命じられている。父と子、テロリズム、そして時限爆弾。この筋書きが、緊張をはらんで進む。

だが、この小説の本質は、筋にはない。都市そのものが、主人公のように立ち現れる。ペテルブルクの霧、直線的な街路、黄色い光。都市が、幻覚的なイメージとして描かれる。人物の意識は、外界と溶け合い、現実と幻想の境界が崩れる。時限爆弾の時を刻む音が、文章のリズムそのものになって、破局へ向かって進む。

言葉の造形が徹底している。ベールイは、語の音、色の連想、リズムを、緻密に計算して配置した。ロシア語の音そのものが持つ表現力を、極限まで引き出そうとした。この実験性ゆえに、翻訳は極めて困難とされる。

神秘思想が、その世界観を支えている。目に見える現実の背後に、精神的な次元があり、両者が交錯する。この二重の世界の感覚が、作品を貫いている。

作品

ペテルブルグ(1913〜14年、後に改訂)

代表作である。革命前夜のペテルブルクを舞台に、父子とテロリズムを描く。20世紀ロシア散文の最も重要な作品の一つとされる。

『銀の鳩』(1909年)

最初の長編で、ロシアの民衆の神秘的な宗派を扱う。

『象徴主義』などの理論的な著作もある。象徴主義の理論家としても活動した。

回想録三部作は、の文学者たちの姿を記録した資料として価値が高い。とくにブロークとの関係を描いたものが知られる。

詩集『金をちりばめた青空』もある。

日本語では『ペテルブルグ』が読める。その言葉の実験ゆえに、訳には限界があることを前提に読むことになる。

文学史における立ち位置と影響

ベールイは、20世紀ロシア散文の最も前衛的な作家とされる。

ペテルブルグは、ロシアのモダニズム小説の頂点に位置づけられる。ナボコフは、20世紀の最も偉大な四つの散文作品の一つとして、ジョイスユリシーズカフカ変身プルースト失われた時を求めてと並べて、この作品を挙げた。意識の流れ、都市の幻覚的な描写、言葉の実験という点で、これらの西欧のモダニズムの傑作と同じ地平に立つ、とされる。

言葉の音楽性を追求した散文は、後のロシア文学に影響を与えた。物語の「筋」よりも「語り口」や「文体」に注目する視点は、の批評とも呼応している。

ペテルブルクという都市を主題にした系譜のなかにも位置づけられる。プーシキンの『青銅の騎士』、ゴーゴリのペテルブルクものドストエフスキーの作品と続く、この幻想的な都市を描く伝統の20世紀における到達点にあたる。

一方、その難解さゆえに、広い読者を得ることは難しかった。前衛的すぎるその作風は、社会主義リアリズムの時代には否定され、長く正当に評価されなかった。ソ連で本格的に読み直されるのは1960年代以降である。再評価が本格化するのは、後になってからである。

日本での受容は限られてきたが、20世紀世界文学のモダニズムを論じる文脈で、その名が挙げられる。

作品

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