D・H・ロレンス
- 原綴
- D. H. Lawrence
- 生没
- 1885–1930
- 出身
- ノッティンガムシャー州イーストウッド
- 国
- イギリス
- 時代
- 20世紀以降
生涯
1885年、イングランド中部の炭鉱町イーストウッドに生まれた。父は炭鉱夫、母は教養を重んじる元教師で、両親の激しい不和のなかで育った。この鉱山町の風景と、両親の対立は、初期の代表作『息子と恋人』に色濃く反映されている。
教師を経て作家となった。第一次大戦の最中、ドイツ人の妻とともにあったため、スパイの疑いをかけられるなど、イギリス社会での生活は息苦しかった。大戦後は、イギリスを離れ、イタリア、オーストラリア、メキシコと、各地を放浪した。近代文明から遠い、より根源的な生を求めての旅だった。
生涯、結核に苦しんだ。最後の長篇『チャタレイ夫人の恋人』は、性の描写のため発禁とされ、完全な形での出版は、その死後、長く裁判を経てからのことだった。1930年、南フランスで、四十四歳で没した。
作風
ロレンスの文学の核心は、近代文明への批判と、人間の本能・生命力の擁護にある。産業化と、それに伴う知性偏重の社会が、人間から、本来そなわっているはずの、生き生きとした生命の力を奪っている。ロレンスは、そう考えた。そして頭ではなく、身体と本能で生きることの回復を、繰り返し訴えた。
その中心にあるのが、性である。ロレンスにとって性は、単なる欲望ではなく、二人の人間が、魂の深いところで結びつく、聖なるものだった。近代がおとしめ、隠してきたこの生命の営みを、ロレンスは、正面から、真剣に描こうとした。この態度が、当時の社会の激しい反発を招き、たびたび発禁処分を受けた。
その文章は、情熱的で、時に反復に満ちる。人物の内面の、たえず揺れ動く感情や欲望のうねりを、たたみかけるような文章で描く。自然や身体の感覚を、生命の輝きとしてとらえるその筆は、詩的な力をもっている。
作品
『息子と恋人(Sons and Lovers)』(1913年)
炭鉱町を舞台に、母と息子の強すぎる結びつきと、そこから抜け出そうとする青年の苦闘を描いた、自伝的な小説である。ロレンス自身の生い立ちを色濃く反映し、初期の代表作とされる。
『チャタレイ夫人の恋人(Lady Chatterley's Lover)』(1928年)
身体の不自由な貴族の妻が、森番の男と結ばれる物語を通して、階級を超えた性愛と、生命の回復を描いた長篇である。露骨な性描写のため長く発禁とされ、その出版をめぐる裁判は、表現の自由の歴史に残る事件となった。
人間関係の深層を探った『恋する女たち』も、代表作に数えられる。
文学史における立ち位置と影響
ロレンスは、近代文明と人間の本能の対立を、最も深く掘り下げた作家として文学史に名を残す。知性や社会の規範によって抑圧された、身体と生命の力を回復しようとするその主張は、二十世紀の文学に、独自の位置を占めている。
性を、隠すべきものとしてではなく、人間の生の中心にある聖なるものとして正面から描いた点は、とりわけ重要である。その試みは、当時は激しい非難を浴びたが、後の表現の自由の拡大に、大きな役割を果たした。『チャタレイ夫人の恋人』をめぐる裁判は、その象徴的な出来事だった。
産業社会が人間性を痩せさせるという批判と、生命への讃歌は、後の文学や思想に、深く受け継がれた。文明への根源的な問いを投げかけた作家として、その評価は今日も高い。