日本文学 中古
通史では、この時代を「仮名の発明と、女性の手による散文」と要約した。ここではその中身を開く。
この時代には、他の文学史にあまり例のない逆転がある。格下とされた文字で書かれたものが、その時代の最高の文学になった。
なぜそうなったのかを追うのが、この章の主題である。
仮名の発明と、その序列
九世紀、上代の万葉仮名の漢字を崩して簡略化することで、平仮名が生まれた。「安」を崩して「あ」、「以」を崩して「い」となる。並行して、漢字の一部分を取り出した片仮名も僧侶の訓読の現場から生まれた。
ここでようやく、日本語を日本語のまま、簡単に書ける文字ができた。
ところが、そこに序列が生まれる。
| 文字 | 場 | 担い手 | |
|---|---|---|---|
| 真名(まな) | 漢字・漢文 | 公的・政治・学問・仏教 | 男性 |
| 仮名(かな) | 平仮名 | 私的・和歌・手紙・物語 | 女性 |
「仮名」という名称自体が「仮の字」であり、正式な文字ではないという位置づけを示している。当時「女手(おんなで)」とも呼ばれた。
この序列が、逆説的に文学を生んだ。 公的な文章は漢文で書かねばならず、型が決まっている。一方、仮名は格下ゆえに自由だった。何を書いてもよく、誰も規範を定めていない。
男が女のふりをして書く
その事情を最もはっきり示すのが紀貫之の土佐日記(九三五年頃)である。
冒頭で作者は、男もするという日記というものを、女もしてみようと思って書く、という趣旨のことを述べる。つまり彼は男でありながら、女性のふりをして仮名で書いた。
当時、男が書く日記は漢文で、公務の記録だった。感情や旅の細部を書く場所ではない。土佐から京へ帰る旅を、亡くした娘への思いを含めて書くには、仮名で書くしかなく、そのためには女を装う必要があった。
紀貫之はまた、古今和歌集(九〇五年)の撰者であり、その仮名序を書いた。「やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」で始まるこの文章は、日本最初の本格的な文学論とされる。歌とは何か、なぜ人は歌うのかを論じている。
女房たちの散文
十世紀末から十一世紀初頭、宮廷に仕える女性たち(女房)が、仮名で書いた散文を残した。これが世界文学史上でも特異な現象である。
彼女たちは高い教養を持っていた。漢籍を読み、和歌を詠み、宮廷の人間関係を細かく観察する立場にいた。そして書くための文字(仮名)が、ちょうど彼女たちの手にあった。
枕草子
清少納言の枕草子(一〇〇〇年頃)は随筆である。三百段ほどの短い章段からなる。
「春はあけぼの」で始まる季節の描写、「うつくしきもの」「にくきもの」といった主題別の列挙、宮廷生活の回想。基準は徹底して「をかし」——知的に面白い、洒落ている、気が利いているという感覚である。
彼女の文章は速く、断定的で、容赦がない。気に入らないものを挙げる段では、しゃべる相手、いびきをかく男、遅れて来る牛車などを次々に切り捨てる。千年前の人間が何を鬱陶しいと思ったかが、そのまま残っている。
源氏物語
紫式部の源氏物語(一〇〇八年頃には成立の一部が確認される)は、五十四帖からなる長篇である。
規模がまず異例である。四百字詰め原稿用紙にしておよそ二千四百枚、登場人物は五百人近い。主人公の光源氏が死んだ後も物語は続き、次の世代(薫と匂宮)の話になる。
内容は恋愛の遍歴だが、書かれているのはむしろ時間の経過と、それによって人が変わっていくことである。若い頃の恋の相手が老い、権勢を得た者が没落し、かつての栄華が回想される。物語の後半(宇治十帖)は色調が暗く、救いのない話になる。
この作品が世界文学史でどういう位置にあるかは、比較すると分かる。
つまりヨーロッパで心理小説が始まる六百年以上前に、紫式部は人の心の動きだけで長篇を書いていた。この事実は誇張ではなく、年代を並べれば確認できる。
ただし注意も必要である。「世界最古の小説」と呼ばれることがあるが、「小説」の定義次第であり、より古い長篇散文作品は他の文明にもある。断定を避けて「現存する長篇物語として最も早い時期のものの一つ」と言うのが正確である。
その他の女性の作品
[[izumi-shikibu]] — 情熱的な恋の歌で知られる。『和泉式部日記』は、皇子との恋を歌のやりとりを軸に描く。
[[sugawara-no-takasue-no-musume]] — 『更級日記』。少女時代に源氏物語を読みふけった記憶から始まり、老いて信仰に向かうまでの生涯を回想する。物語に憧れた一人の読者の生涯の記録として読める。
藤原道綱母『蜻蛉日記』 — 夫との関係の苦しみを書いた。夫を待つ夜、他の女のもとへ通う夫への嫉妬。自分の内面の苦痛を主題にした散文として早い例である。
男性側の文学
同じ時期、男性は漢詩文を書いていた。菅原道真がその頂点にあり、大学寮では漢籍が学ばれた。
また今昔物語集(一一二〇年頃)は説話集で、天竺(インド)・震旦(中国)・本朝(日本)の話を千以上集めている。貴族の物語とは違い、盗賊、下級役人、動物、庶民が出てくる。 文体は漢字片仮名交じりで、貴族の仮名文とは別系統である。この説話は後に芥川龍之介が羅生門などの素材にした(近代)。
この時代をどう読むか
| 中身 | |
|---|---|
| 文字の序列 | 仮名は格下だった。それゆえ自由であり、それゆえ文学が生まれた |
| 書き手の性別 | 主要な散文の書き手が女性であることは、世界文学史上でも稀 |
| 心理描写の早さ | ヨーロッパの心理小説より六百年以上早い |
なぜ日本でこの逆転が起きたのかは、日本文学研究の大きな主題である。女房という職掌の存在、宮廷の閉じた社交、通い婚という婚姻形態など複数の要因が挙げられるが、定説が一つに定まっているわけではない。