羅生門

作者
芥川龍之介
成立
1915
日本
時代
近代

概要

1915年、雑誌『帝国文学』に発表された短篇小説である。芥川の実質的な処女作にあたる。平安末期の説話集今昔物語集の一話を素材に、飢えた男が盗人になるまでを描く。原稿用紙にして20枚ほどの短さで、中学・高校の教科書に採られてきた。

芥川は東京帝国大学の在学中にこの作品を書き、1915年、同人誌『帝国文学』に発表した。掲載時の評価は高くない。翌年に発表した夏目漱石に激賞されたことで、はじめて世に知られた。

素材は今昔物語集巻二十九の一話である。羅城門の上で死人の髪を抜く老婆に出会った盗人の話だが、原話では男は初めから盗人であり、下人が盗人に変わるという筋はない。芥川はそこを作り変えた。

執筆の時期、芥川は失恋を経験している。その心境が作品の調子に関わっているという見方がある。

文学史における評価と影響

芥川はこの後も今昔物語集や『宇治拾遺物語』から題材を取り続けた。古い説話の骨格を借りて、そこに近代人の心理を流し込む——この方法は、『羅生門』から始まっている。素材は古くても、扱う問いは近代的である。

下人は初め、盗人になる勇気が出ない。老婆の理屈——飢え死にしないためなら仕方がない——を聞いた瞬間、その理屈をそのまま自分に適用して、老婆から着物を奪う。老婆を裁く立場から、老婆と同じ立場へ、一息で移る。悪の正当化がどう成立するかが、短い枚数のなかで段階を追って書かれている。

黒澤明の映画『羅生門』(1950年)は、題名と門の場面をこの作品から取っているが、筋は同じ芥川の藪の中による。両者は別の作品であり、混同されやすい。

著作権保護期間は満了しており、青空文庫で全文を読める。

あらすじ

平安の末期。都は地震や火事や飢饉が続き、荒れ果てている。引き取り手のない死人を、羅生門の楼上へ捨てていくほどであった。

ある日の暮れ方、主人に暇を出された下人が、羅生門の下で雨やみを待っている。行くあてはない。盗人になるよりほかに道はないと分かっているが、それを積極的に肯定するだけの勇気が出ない。夜を明かす場所を探して、下人は楼の上へ梯子をのぼる。

楼の上には死骸が転がっていた。その中に火がともっており、一人の老婆が、若い女の死骸から長い髪を一本ずつ抜いている。下人はその光景に激しい憎悪を覚え、老婆を捕らえて問い詰めた。

老婆は答える。この髪は鬘にして売る。悪いことをしているのは承知だが、そうしなければ飢え死にする。それに、この女も生きていたころ、蛇の干物を干魚だと偽って売っていた。飢え死にしないためにしたことだから、自分はこの女を悪いとは思わない。だから自分のしていることも、この女は許してくれるだろう。

それを聞いた下人には、さきほど欠けていた勇気が生まれた。飢え死にするか盗人になるかで迷う余地はない、と言い放ち、老婆の着物を剥ぎ取る。引き止めようとする老婆を蹴倒し、梯子を駆け下りて、闇の中へ消えた。

作者

登場する文学史