今昔物語集

作者
作者不詳
成立
1120頃
日本
時代
中古

概要

千を超える短い話を集めた本である。全三十一巻。一話はたいてい一ページから数ページで、すべて「今は昔」で始まり、「となむ語り伝へたるとや」で終わる。同じ枠に入れて並べてある。

構成は地理でできている。天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の順に巻が並ぶ。仏教が伝わった経路をたどる形になっている。本朝の部はさらに仏法と世俗に分かれる。

最も読まれてきたのは、本朝の世俗の部である。ここには、貴族の話に混じって、盗賊、遊女、猟師、農民、乞食の話が入る。平安の文学で、こういう人々が主役になる本は他にない。 源氏物語が宮廷の内側だけを書いていたのに対し、こちらは外側を書いている。

内容も生々しい。羅生門の上で死人の髪を抜く老婆。妻を盗賊に犯される男。芋粥を飽きるほど食べたいと言ってしまった男。残酷な話も、下品な話も、そのまま並ぶ。

文体が特徴的である。漢字と片仮名を混ぜ、漢文の言い回しと日本語の語順が交ざる。飾りがなく、説明が短い。同じ形の文が続くため、大量に読んでも疲れない反面、一話ごとの余韻は薄い。

作者は分かっていない。成立は1120年前後とされる。書きかけの部分があり、話の題だけあって本文がない箇所や、人名が空欄のまま残っている箇所がある。完成しないまま放置されたとみられる。 長く読まれず、広く知られるようになるのは近世以降である。

文学史における評価と影響

近代になって評価が一変した作品にあたる。

中世・近世を通じて、この本は説話の材料の一つとして扱われるにすぎなかった。同じ話を採録した『宇治拾遺物語』のほうがよく読まれている。

評価を決定づけたのは芥川龍之介である。芥川羅生門、「芋粥」「藪の中」——芥川の代表作の多くが、この説話集から題材を取っている。芥川はこの本を野性の美と評した。磨かれていない、粗い、しかし力のある物語という受け取り方である。

芥川がやったのは翻案ではない。もとの話は事件だけを述べて終わる。芥川はそこに人物の心理を入れた。羅生門で死人の髪を抜く老婆の話は、もとでは盗人が老婆を見て驚くだけの短い話である。芥川はそこに、盗人になるかどうかを迷う男を置いた。古い説話と近代小説の距離が、この対比によって見える。

以後、この説話集は近代文学の重要な素材源になった。谷崎潤一郎も複数の作品でこの説話集を参照している。

史料としての価値も高い。当時の庶民の暮らし、値段、食べ物、迷信、病、刑罰が具体的に記録されている。文学が扱わなかった層の生活が、ここに残っている。

内容

天竺部(巻一〜五)。釈迦の生涯と、その前世の物語を中心に据える。仏教説話が並ぶ。

震旦部(巻六〜十)。中国に仏教が伝わった経緯と、中国の説話。孝行の話、異類の話などが含まれる。

本朝仏法部(巻十一〜二十)。日本への仏教伝来、寺社の縁起、高僧の伝記、そして霊験譚が並ぶ。信心によって助かる話、罪によって地獄に落ちる話が多い。

本朝世俗部(巻二十二〜三十一)。この部が最も広く読まれている。

巻二十九は盗賊と悪行を集める。羅生門の上に登った盗人が、死人の髪を抜いている老婆を見つける話がここにある。老婆は、この死人は自分の主人で、髪を売って暮らしの足しにするのだと言う。盗人は老婆の衣を剥いで逃げる。

同じ巻に、妻を連れて旅する男が盗賊に襲われ、弓矢を取り上げられたうえで妻を犯される話がある。事が済むと盗賊は馬を与えて去る。男は何もできなかった。作者は末尾で、男が愚かだったと短く評する。

巻二十六には、五位という下級役人が芋粥を飽きるほど食べたいと漏らし、地方の有力者に連れて行かれて大量の芋粥を出され、かえって食べられなくなる話がある。

巻二十四は芸能と学問の話を集める。歌人、絵師、陰陽師、医師の逸話が並ぶ。

巻二十七は霊鬼——妖怪や物の怪の話である。人に化ける狐、橋の上の鬼、死者の霊。

巻二十九の末尾近くには、藪の中で夫が縛られ妻が犯される話が置かれている。芥川の「藪の中」の出発点にあたるが、もとの話には食い違う証言も真相の謎もない。 起きたことがただ書かれているだけである。

登場する文学史