告白

原題
Les Confessions
作者
ジャン=ジャック・ルソー
成立
1782-1789
フランス
時代
18世紀

概要

ルソーの死後に刊行された自伝である。全十二巻で、前半六巻が1782年、後半六巻が1789年に出た。

冒頭で、ルソーは自分がこれから何をするかを宣言する。前例のない企てであり、これからも真似する者はいない。一人の人間をありのままに示す。その人間は自分である、と。

続いて、良いことも悪いことも同じように書くと述べる。最後の審判のとき、この本を手にして神の前に立ち、これが私のしたこと、考えたこと、あったところの私だと言おう、と書かれる。

扱う範囲は、1712年の誕生から1765年、五十三歳でスイスを追われるまでである。

内容は事実の記録ではない。ルソーは記憶に頼って書いており、日付や順序に誤りが多い。本人もそれを断っている。感じたことは正確に書いた、と述べる。

執筆は1765年ごろから始まった。当時ルソーは、エミールの断罪によって各地を追われていた。フランスにもジュネーヴにも戻れず、居場所を転々としている。

直接のきっかけの一つに、ヴォルテールが匿名で出した文書がある。そこでルソーが子を捨てた事実が暴かれていた。自分について語られる像に対抗して、自分で書く必要が生じた。

執筆は1770年に終わったが、ルソーは刊行しなかった。代わりに、パリの知人の家で朗読会を開いている。数回続けられたが、当局から中止させられた。

ルソーは1778年、パリ北郊エルムノンヴィルで死去した。前半六巻の刊行は死の四年後、後半六巻はフランス革命の年にあたる。

なおルソーはこの後も自己を扱う文章を書いており、『ルソー、ジャン=ジャックを裁く』と『孤独な散歩者の夢想』がある。後者は未完のまま遺された。

文学史における評価と影響

近代的な自伝の出発点として扱われる。

それ以前にも自伝はあった。アウグスティヌス告白が代表で、こちらも「告白」の題を持つ。だが目的が違う。アウグスティヌスは、神の恩寵によって回心した経緯を書く。個人の生涯は、神の働きを示すための材料になる。

ルソーは神を必要としない。自分という一人の人間を、そのまま示すことが目的になる。恥ずべき行いを隠さないのも、そのためである。誰かに許されるためではなく、正確であるために書く、という立場をとる。

内面の記述が中心を占める点も新しい。何をしたかより、そのときどう感じたかが書かれる。子どものころの些細な出来事——櫛、リボン、盗んだ林檎——が長く扱われ、そこから性格の形成が説明される。この書き方は、後の小説と自伝に受け継がれた。

同時に、この本の記述をどこまで信じるかは、長く議論されてきた。日付の誤り、順序の混乱、他の資料と食い違う記述が多数ある。ルソー自身が事実の誤りを認めているため、記録としては使えない。

自己弁護の性格も指摘される。とくに後半、友人たちとの決裂を扱う部分では、常にルソーの側が正しく、相手が陰謀を巡らせたことになっている。子を捨てた件についても、説明は釈明に近い。ありのままを書くという冒頭の宣言と、実際の記述のあいだにずれがある。

このずれ自体が、後の読者にとって関心の対象になった。人が自分について書くとき何が起きるか、という問題を、この本は最初に大きな規模で示している。

内容

第一巻から第六巻が前半にあたり、幼年期から1741年、二十九歳でパリに出るまでを扱う。

ルソーは1712年、ジュネーヴの時計職人の家に生まれた。ジュネーヴは当時フランスではなく、独立した共和国である。母は出産の数日後に死んだ。

父と二人で夜通し小説を読んだこと。十歳のとき、身に覚えのない櫛を折った罪で罰せられ、それが不正への感覚の始まりになったこと。彫刻師の徒弟に出され、殴られて盗みを覚えたこと。十六歳で、市門が閉まったのを機にそのまま出奔したこと。

ヴァラン夫人との関係が前半の中心を占める。二十八歳の未亡人で、ルソーは十六歳でその家に入り、十年以上を過ごした。ルソーは「ママン」と呼んだ。やがて肉体の関係を持つ。この経緯が詳しく書かれる。

有名な挿話がいくつか置かれる。奉公先で銀のリボンを盗み、それを女中のマリオンのせいにした話。マリオンは職を失った。ルソーはこの記憶が生涯離れなかったと書き、これを書くために自伝を書いたとまで述べている。

第七巻から第十二巻が後半で、パリ以降を扱う。

音楽の記譜法の新案を学士院に持ち込むが採用されない。ヴェネツィアのフランス大使館で秘書を務め、対立して辞める。パリに戻り、ホテルの下働きの女テレーズ・ルヴァスールと暮らし始める。

1749年、ディドロを獄に訪ねる途中、新聞でディジョン学士院の懸賞課題を目にする。学問と芸術の進歩は人間を良くしたか。ルソーはこのとき、頭の中で一挙にすべてが見えたと書いている。応募した学問芸術論が入選し、名が知られるようになる。

テレーズとのあいだに五人の子ができ、そのすべてを孤児院に預けたことも書かれる。ルソーは理由を説明しようとするが、説明しきれていない。

以後、新エロイーズの成功、1762年のエミール社会契約論の刊行と断罪、逮捕状、スイスへの逃亡が続く。かつての友人だったディドロ、グリム、ヴォルテールとの対立も詳しく書かれる。

後半になるほど、迫害されているという記述が増える。ルソーは、自分に対する陰謀が組織されていると考えている。ヒュームの招きでイギリスに渡るが、そこでも決裂した。

記述は1765年で終わる。ルソーは1778年に死去した。

作者

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