新エロイーズ

原題
Julie ou la Nouvelle Héloïse
作者
ジャン=ジャック・ルソー
成立
1761
フランス
時代
18世紀

概要

手紙だけでできた小説である。地の文がない。全六部、百六十通あまりの手紙が並ぶだけで、出来事はすべて誰かが誰かに書き送る形で伝わる。極めて長く、現代の版でも千ページを超える。

スイス、レマン湖畔の貴族の娘ジュリと、その家庭教師サン=プルーが恋に落ちる。だが身分が違い、ジュリの父は平民との結婚を認めない。ジュリは父の決めた年長の貴族ヴォルマールと結婚し、サン=プルーは失意のうちに世界周航の旅に出る。

この小説が変わっているのは、そこで終わらないことである。後半三部は、数年後、サン=プルーがヴォルマール家に迎え入れられてからを描く。かつての恋人が夫と子とともに暮らす家に、当人が住み込む。そして三人は清らかな共同生活を営もうとする。夫はすべてを知ったうえでそれを許している。

情熱と徳を、どちらも捨てずに済ませられるか。ルソーはその両方を肯定しようとして、最後まで答えを出さなかった。この緊張が作品全体を貫いている。

書かれたのは1756年から1758年、パリを離れてモンモランシーに隠棲していた時期にあたる。当時ルソードゥドト夫人という既婚の女性に激しい恋をしており、その報われない恋を作品に注ぎ込んだと、後に告白で認めている。題の「エロイーズ」は、12世紀の神学者アベラールとその教え子エロイーズの悲恋に由来する。

刊行されると空前の成功を収めた。貸本屋では時間単位で貸し出されたと伝えられる。読者からルソーのもとに大量の手紙が届いた。 泣きながら読んだという報告、ジュリは実在するのかという問い合わせ。フィクションと現実の区別がしばしば失われた。

文学史における評価と影響

最大の影響は感情の価値の転換にある。

17世紀の古典主義は、情念を抑えるべきものとして扱った。理性が情念に勝つことが徳である。ルソーはこれを覆した。感情は抑えるべきものではなく、人間の本性の最も真正な部分である。涙を流すこと、心を動かされること自体が価値になった。

この転換がロマン主義を準備した。自然への感受性、心情の優位、社会の規範への疑い。19世紀の文学はこの作品から多くを受け継いでいる。ゲーテ若きウェルテルの悩みは直接の影響下にある。

自然の描写も大きな遺産にあたる。レマン湖、アルプス、ヴァレーの山々。それまでの文学は、山を恐ろしい不毛の場としてしか描かなかった。ルソーはそこに崇高と慰めを見た。アルプスの風景が美しいものとして意識されるようになったのは、この作品の影響が大きい。 観光としての登山が始まるのもこの後になる。

書簡体という形式も効いている。手紙は書き手の内面を直接伝える。読者は人物の心の動きを、整理された後ではなくその只中で受け取る。リチャードソンの小説から学んだこの形式を、ルソーは感情の伝達に振り切って使った。

後半のクラランスの共同生活は、ルソーの政治思想と教育思想が小説の形を取った部分として繰り返し論じられてきた。使用人を家族のように扱う家政、虚栄を退けた質素な暮らし、人の手を感じさせないように作られた庭。社会契約論エミールの主題が、ここでは具体的な暮らしとして書かれている。

結末の扱いはこの作品の緊張をよく示している。ジュリは徳を守り抜いた。だが心までは変えられなかった。 そして死によってのみその矛盾から解放される。両立しうるとも、しえないとも書かれていない。

あらすじ

第一部から第三部——恋。

スイス、レマン湖畔の村クラランス。貴族デタンジュ男爵の娘ジュリに、平民の家庭教師サン=プルーがついている。若く才能に恵まれたこの青年は教え子に恋をし、手紙でそれを告白する。

ジュリもまた同じ思いだった。二人の恋は深まる。従妹クレールがそれを見守り、時に助ける。

やがて二人は一線を越える。ジュリは深く悔いながら、なおこの恋を捨てられない。

だが父デタンジュ男爵は平民との結婚を断固として拒む。すでに旧友の貴族ヴォルマールに娘を嫁がせる約束をしていた。

ジュリは苦しむ。恋か、父への義務か。サン=プルーは駆け落ちを提案するが、ジュリは拒む。

やがて二人の関係が母の知るところとなる。母はその衝撃から病に倒れ、死ぬ。 ジュリは自らを責める。

そしてジュリは結婚を受け入れる。教会での婚礼の最中、ジュリは内的な転回を経験する。 神の前で誓いを立てたその瞬間に心が変わった、と後にサン=プルーへの手紙で告げる。私はもはやあなたのものではない、と。

サン=プルーは絶望し、自殺を考える。友人のイギリス人貴族ボムストン卿がそれを押しとどめ、世界周航の旅に送り出す。

第四部から第六部——その後。

数年後、サン=プルーは航海から帰り、ヴォルマール家に招かれる。

夫ヴォルマールは二人の過去をすべて知っている。そのうえでサン=プルーを家に迎える。理由はこうである。二人がなお危険なのは、互いを記憶の中の姿で想い続けているからだ。現実の姿を日々見れば、その幻は消える。

こうしてクラランスの共同生活が始まる。ヴォルマール、ジュリ、その子どもたち、サン=プルー、そして従妹クレール。

この部分にルソーは理想の共同体を描く。使用人を家族のように扱う家政。虚栄を退けた質素な暮らし。エリゼと名づけられた庭——人の手が入っていないように見えるよう、丹念に手を入れて作られた庭である。そして農業と労働。ジュリがこの家を統べる。

ヴォルマールの企ては表向き成功する。三人は徳を守り、平穏に暮らす。だがそれは完全ではなかった。

物語の終わり。ジュリは湖に落ちた我が子を助けようとして水に飛び込み、そこから病を得る。

死の床で、ジュリはサン=プルーに宛てて最後の手紙を書く。自分はあなたを愛することをやめていなかった。 徳を守り抜いたが、心までは変えられなかった。愛さずに生きたと思っていたが、それは幻だった、と記す。そして、死ぬことによって自分はその徳を汚さずに済む、と続ける。

ジュリは死ぬ。その死後に手紙が届く。サン=プルーとクレールに残されたのは、その記憶だけである。

作者

登場する文学史