エミール

原題
Émile, ou De l'éducation
作者
ジャン=ジャック・ルソー
成立
1762
フランス
時代
18世紀

概要

1762年5月に刊行された教育論である。日本語訳で上下二巻から三巻になる分量で、全五編に分かれる。

形式は論文ではない。架空の少年エミールを一人の家庭教師が引き受け、誕生から結婚までを見る、という物語の形をとる。教師は語り手であるルソー自身として書かれる。

議論の前提は冒頭の一文に示される。造物主の手を離れるときすべては善いが、人間の手にかかるとすべてが悪くなる。したがって教育の仕事は、良いものを教え込むことではなく、悪くしないことになる。

各編は年齢の段階に対応する。乳児期、幼年期、少年期、青年期、そして結婚。段階ごとに、何を教えるべきでないかが先に来る。

第四編に「サヴォワの助任司祭の信仰告白」という独立した文書が挿入されており、これが刊行後の断罪の直接の原因になった。

ルソーは執筆当時、パリ郊外モンモランシーの貴族の邸宅の一角を借りて住んでいた。1757年ごろから書き始め、1762年に刊行した。同じ年、一か月ほど前に社会契約論が出ている。

刊行の一か月後、パリ高等法院はこの本の焚刑を命じ、ルソーの逮捕状を出した。理由は第四編の「信仰告白」である。啓示によらない信仰を説き、教会の権威を否定した点が問題とされた。ルソーは通報を受けて出発し、スイスへ逃れた。生まれ故郷ジュネーヴでも本は焼かれ、入国を禁じられた。

以後ルソーは各地を転々とする。1766年にはイギリスに渡り、ヒュームの世話になったが、まもなく決裂している。この逃亡生活と、被害妄想を伴う晩年の様子は、自伝告白に書かれている。

ルソー自身は五人の子をもうけ、そのすべてを孤児院に預けた。この事実は告白で本人が書いており、刊行当時から批判の材料になっている。

文学史における評価と影響

子どもを大人の未熟な形ではなく、独自の段階として捉えた点が、この本の中心にある。それ以前、子どもは小さな大人として扱われ、早く大人に近づけることが教育とされた。ルソーは、子どもには子どもの見方と感じ方があり、段階ごとに適した扱いがあると論じた。

消極教育の主張も繰り返し参照されてきた。教え込むより、余計なことをしない。この考え方は、19世紀のペスタロッチ、フレーベル、20世紀のモンテッソーリやデューイに受け継がれている。

同時に、実行不可能だという批判も古くからある。エミールには親も友人もおらず、教師が一人で二十年つきっきりになる。しかも教師は、自発的に見えるよう状況をあらかじめ仕組む。ルソー自身、これは体系の提示であって手引きではないと断っているが、教育の名で行われる操作という問題は残る。

第五編の女子教育論は、刊行当時から反論を招いた。1792年、イギリスのメアリ・ウルストンクラフトが『女性の権利の擁護』でこれを正面から批判している。ルソーが男子については自然に従えと説きながら、女子については男に合わせて作れと述べる矛盾が指摘された。

フランス革命期、この本は社会契約論とともに読まれた。フランスの公教育の制度設計にも影響している。

内容

第一編(乳児期)。当時、上流の家庭は乳児を乳母に預け、産着で体をきつく巻くのが普通だった。ルソーはこれを批判し、母が自分で授乳すること、体を自由に動かせるようにすることを求める。

第二編(二歳から十二歳)。この段階で、ルソーは有名な主張を置く。消極教育である。この時期に何かを教え込んではならない。読書もさせない。道徳も説かない。時間を無駄にすることこそ、最も有益な使い方である、と書かれる。

理由は、子どもの理性がまだ働かないことにある。理屈で説いても、子どもは言葉を覚えるだけで中身を理解しない。代わりに、経験から学ばせる。窓を割れば寒い部屋で過ごすことになる。約束を破れば相手も守らない。これをルソーは「事物による教育」と呼ぶ。

第三編(十二歳から十五歳)。体力がつき、好奇心が働き始める段階で、初めて知識に入る。ただし教科書からではない。森で迷って、太陽の位置から方角を知る必要が生じたときに、天文の知識を導く。

この段階でただ一冊だけ読ませる本がロビンソン・クルーソーである。無人島で必要なものを自分で作る話であり、事物と自分の関係だけで成り立っているからだと説明される。

職業も一つ覚えさせる。ルソーは指物師を推す。身分が変わっても手に職があれば生きていける。

第四編(十五歳から二十歳)。ここで初めて他人との関係、道徳、宗教が入る。ルソーはこの段階を第二の誕生と呼ぶ。

この編に「サヴォワの助任司祭の信仰告白」が挿入される。若い司祭が語る形で、ルソー自身の宗教観が述べられる。神の存在は自然の秩序から理性によって認められる。だが啓示も奇跡も教会の権威も必要ない。良心こそが神の声である。この立場を理神論という。

第五編。エミールの結婚相手ソフィーの教育が扱われる。ここでルソーは、女子の教育は男子とはまったく別だと論じる。女は男を喜ばせ、役に立ち、愛され、育てるために作られている、と書く。したがってソフィーの教育は、エミールに合わせて設計される。

最後にエミールは各国を旅し、政治のあり方を学ぶ。ここには同年に出た社会契約論の要約が入る。帰国して結婚し、教師は役目を終える。

作者

登場する文学史