蒲団
- 作者
- 田山花袋
- 成立
- 1907
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
作者が自分の恥をそのまま書いた小説である。百ページに満たない。
主人公竹中時雄は三十代半ばの作家で、妻と子がいる。そこへ弟子として若い女芳子が住み込む。時雄は芳子に執着する。手を出しはしない。 ただ、常に意識し、嫉妬し、自分を正当化し、また嫌悪する。
やがて芳子に恋人ができる。時雄は師として二人を諭す立場に立つ。道徳を説き、別れさせようとする。だがその内実は、自分が手に入れられなかったものを他の男が持っていることへの嫉妬である。時雄はそのことを自分でも分かっている。
芳子は父に連れられて国へ帰る。残された部屋に、芳子の使っていた蒲団がある。
最後の場面がこの小説を有名にした。時雄はその蒲団に顔を埋め、匂いを嗅ぎ、泣く。
この作品の衝撃は、内容そのものより、それが事実だったことにある。時雄は田山花袋自身であり、芳子には実在のモデル——花袋に弟子入りしていた岡田美知代——がいた。読者は、作者が本当にこうだったのだと理解した。
当時、これは自然主義の実践と受け取られた。ゾラの理論——人間を観察して事実を書く——を、花袋は自分自身に適用した。観察の対象が作者自身になった時点で、フランスの自然主義とは別のものになる。
文学史における評価と影響
日本の私小説の出発点とされる。
日本の自然主義は、この作品を境に方向が定まった。フランスの自然主義は社会の機構を扱った。遺伝と環境が人間をどう決めるかを、炭坑や居酒屋や証券取引所を舞台に書く。日本の自然主義は、作者自身の私生活に向かった。
この転換は繰り返し批判されてきた。社会を書くべき方法が、告白の技術になった。作者が自分の恥を書けば書くほど価値が上がるという、奇妙な基準が生まれる。 以後半世紀、日本の小説の一つの主流がこの型で書かれ続ける。
同時に、この作品の達成も認められている。時雄は自分を美化していない。師として弟子を諭す場面で、その説教が嫉妬から出ていることを、書き手は隠さない。自分の卑しさを、卑しいと分かったうえで書く。 この二重の視線が、この小説を単なる暴露から引き離している。
批判の側からは、芥川龍之介や谷崎潤一郎が、事実をなぞるだけの小説を退けた。作り物としての構成を重んじる立場である。この対立は「私小説論争」として繰り返された。
小林秀雄は私小説論で、日本の私小説には社会化された「私」がない、と論じた。西欧の作家が自分を書くとき、その背後には社会がある。日本では「私」がそのまま裸で出てくる。 この指摘は、この作品の位置づけを決めた。
モデルとされた岡田美知代は、後に自身の側から書いている。作品の中の芳子と実際の自分は違う、という主張である。書かれた側が反論を残している点でも、この作品は特異な位置にある。
あらすじ
竹中時雄は三十代半ばの作家である。妻と子がいる。文学への志は持っているが、生活は平凡で、日々は倦怠している。
そこへ、横山芳子という若い女が弟子入りを願い出る。神戸の女学校を出て、文学を志している。時雄は受け入れ、芳子は家に住み込む。
時雄は芳子に惹かれる。若く、新しい教育を受け、自由な考え方をする。妻にはないものを持っている。
だが時雄は何もしない。師であり、妻子がある。手を出せば全部が壊れる。代わりに、意識し続ける。 芳子の一挙一動を見て、解釈し、また自分を叱る。
やがて芳子に恋人ができる。同志社の学生田中秀夫である。二人は文通し、やがて京都から東京へ出てくる。
時雄は師として介入する。二人を呼び、道徳を説く。まだ学業の途中である、親の許しがない、順序が違う。その説教は筋が通っている。 だが時雄自身は、その内側にあるものを知っている。
時雄は芳子の父に手紙を書く。娘を連れ帰るべきだ、と。
そのあいだにも、時雄は二人の関係を探る。芳子に問い詰め、田中に会い、手紙を読む。すでに二人が一線を越えていたことを知って、時雄は打ちのめされる。 自分が守ろうとしていた芳子の純潔は、すでになかった。
父が来て、芳子を連れて国へ帰る。
家が静かになる。時雄は芳子の使っていた二階の部屋へ上がる。机がある。使っていた蒲団が畳まれている。
時雄は蒲団を敷き、その襟に顔を埋める。芳子の匂いが残っている。時雄は泣く。性欲と悲哀と絶望が一度に来た、と書かれ、この小説は終わる。