それから
- 作者
- 夏目漱石
- 成立
- 1909
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
1909年6月から10月まで朝日新聞に連載された長篇小説である。三四郎の翌年にあたり、門と合わせて前期三部作をなす。
主人公の長井代助は三十歳、大学を出ているが職に就かず、実家からの仕送りで書生と婆やを置いた家に住み、本を読み、音楽を聴いて暮らしている。働かないことを怠惰ではなく思想として説明する人物として書かれており、労働はすべて金のためのもので、そこに真面目さは生じないという理屈を、兄にも父にも語ってみせる。
三年前、代助は友人平岡常次郎のために、自分が思いを寄せていた三千代との仲を取り持った。作品はその選択を撤回する過程を追う。恋愛の話でありながら、代助が三千代を選ぶ場面は、同時に生活の手段を失う決断でもある。 親の金で成り立っていた思想が、その金を絶たれたときにどうなるかが、最後の数章で示される。
視点は代助に固定され、地の文はその意識の動きを追う。冒頭は、枕元に落ちていた椿の花の音で目を覚まし、胸に手を当てて心臓の鼓動を確かめる場面から始まる。
新聞連載の第三作にあたる。題名の由来について、漱石は連載の予告で、前作三四郎の主人公が大学生だったのに対し、この作品の主人公はそれから後の男であること、話の筋も冒頭の状態のそれからを書くこと、そして最後に主人公がどうなるかは書かれないままそれから先へ続くこと、という趣旨の説明をしている。
「高等遊民」という語が、この時期の漱石の作品と結びつけて語られる。高等教育を受けながら定職に就かず暮らす者を指す当時の言い方で、代助はその典型として読まれてきた。ただし作中でこの語が代助に対して使われているわけではない。
執筆の翌年、漱石は胃潰瘍で伊豆の修善寺に療養し、大量に吐血して危篤に陥った。いわゆる修善寺の大患である。回復後に書かれたのが門の後の作品群で、この作品は大患の前の最後の長篇の一つにあたる。
文学史における評価と影響
明治末の日本には、他人の妻を選ぶという行為を正当化する言葉がなかった。姦通は当時の刑法で罪とされ、家の側からは縁を切る以外の対応がない。代助は自分の選択を自然に従うものとして説明するが、その自然という語は、社会の側からは通用しない。個人の内側にしか根拠のない選択が、社会と衝突して行き場を失うという構図が、この作品で最も明確に出ている。
家の制度との対立という点で、同時代の他の作品とは扱い方が異なる。田山花袋の蒲団のように作者自身の欲望を告白する方向にも、島崎藤村の破戒のように社会の差別を主題にする方向にも行かず、金と職と家というきわめて具体的な条件の中で恋愛を扱っている。代助が仕送りで生きていることが繰り返し書かれるのは、そのためである。
三部作としての配置も明確になる。三四郎の三四郎は何も選ばずに終わり、代助は選んで社会から放り出され、門の宗助はすでに選んだあとの生活を、罪の意識とともに送っている。選択の前・選択の瞬間・選択の後という三つの段階になっている。
結末の赤の反復は、漱石作品の中でもよく論じられる箇所である。狂気の始まりと読む立場、代助の意識が世界に押し流されていく過程と読む立場があり、決着していない。作中で結末のあとがどうなるかは書かれない。
映画化されている。1985年の森田芳光監督の作品がよく知られる。
あらすじ
代助は、大学を出て三年たつが職を持たない。実業家である父の家からの仕送りで暮らし、父からは縁談を勧められている。父は明治維新の折の忠義の話を持ち出しては説教し、代助はそれを内心で古いものとして退けている。
友人の平岡が、勤め先の銀行で部下の不始末の責任をとって職を失い、関西から東京へ戻ってくる。妻の三千代を伴っているが、生まれた子は死に、三千代は心臓を悪くしている。平岡は借金を抱えており、家に寄りつかず、夫婦の間は冷えている。
三年前、代助は三千代を平岡に世話した。三千代の兄が代助の友人で、その死後に間を取り持つ形になった。当時の自分の振る舞いを、代助は義侠心と呼び、それが正しかったと信じてきた。
再会した三千代は、金の相談に代助の家を訪れるようになる。代助は兄嫁から金を借りて渡す。会う回数が重なるうち、代助は自分が三千代を譲ったことを、自然に背く行いだったと考えるようになる。父から持ち込まれた縁談を断り続け、家からの圧力が強まる。
雨の日、代助は三千代を家に呼び、白百合を活けた部屋で、あなたが必要だと告げる。三千代は受け入れる。代助は平岡に会って事情を明かす。平岡は、三千代を渡すが、それには順序があると言い、代助の父に手紙を書く。
家からは絶縁が言い渡される。兄は、恥をかかせたと言い、以後関わらないと告げて去る。三千代は病が重くなり、代助は職を探しに街へ出る。八月の日射しの中を電車に乗り、赤いものが次々と目に入る。郵便箱、傘、風船。世界が焼けるように赤く見えるところで小説は終わる。