谷崎潤一郎
- 生没
- 1886–1965
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
何をやったか
美と官能を、道徳から切り離して書いた。 初期の『刺青』『痴人の愛』では、支配と被支配が反転する関係や、女性への隷属を主題にしている。
関東大震災を機に関西へ移り、作風が変わった。細雪(一九四三〜四八年)では、大阪の旧家の四姉妹の日常を、事件らしい事件を起こさずに書いている。戦時下に「不急不要」として軍部から連載中止を命じられた作品でもある。
源氏物語の現代語訳を生涯に三度完成させた。作家による古典の翻訳としては例外的な規模である。
文学史における位置
耽美派(唯美主義)を代表する。永井荷風・泉鏡花とともに、自然主義の告白と道徳臭への反発として位置づけられる。この構図はヨーロッパの唯美主義と重なる。
作風の転換が明確な作家である。初期の西洋志向・都会趣味から、関西移住後は日本の古典的な美意識へ向かった。随筆『陰翳礼讃』では、西洋の明るさに対して日本の陰翳の美を論じており、建築や意匠の分野でも参照され続けている。
三島由紀夫と同様、海外での評価が早くから高く、ノーベル文学賞の候補として名前が挙がっていたとされる。
代表作
- 『痴人の愛』(一九二四〜二五年)— 支配関係の反転を書いた出世作
- 『春琴抄』(一九三三年)— 盲目の三味線師匠と弟子。句読点を抑えた特異な文体
- 『陰翳礼讃』(一九三三〜三四年)— 日本の美意識をめぐる随筆
- 細雪(一九四三〜四八年)— 四姉妹の日常。代表作
何から読むか
『春琴抄』が短く、文体の特異さも分かりやすい。句読点と改行を極端に減らした文章が、そのまま作品の密度になっている。
細雪は長いが、事件が起きないまま読ませる筆力を味わうならこれである。『陰翳礼讃』は文学以外の関心からも読まれている。