露骨なる描写
- 作者
- 田山花袋
- 成立
- 1904
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
現実を、飾らず、ありのままに、露骨に描くべきだと説いた評論である。
田山花袋は、蒲団や田舎教師で知られる、日本自然主義の代表的な作家である。この『露骨なる描写』は、その花袋が、自然主義の理念を掲げた、理論的な宣言にあたる。
花袋がこの評論で退けるのは、技巧と理想である。当時の日本の文学はなお美しい文章を凝らし、理想化された人物や、都合よく作られた筋を描く傾向が強かった。花袋はそうした人為的な技巧を、まやかしだとして退ける。
ではどう書くべきか。花袋の主張は題のとおり、「露骨なる描写」である。現実を、そのまま、ありのままに、飾らず、包み隠さず描く。美化も理想化も技巧も加えず、現実の醜さや、生の生々しさを、露骨に写しとる。 それが、真の文学だ、と花袋は説く。
背景にあるのはフランス自然主義である。ゾラらの現実をありのままに描く文学に、花袋は深く学んだ。その理念を、日本の文学に持ち込もうとした宣言が、この評論である。
花袋はこの理念を、みずから蒲団で実践し、日本の自然主義文学、そして私小説の流れを、決定づけていく。
文学史における評価と影響
日本自然主義文学の理論的な出発点の一つとされる評論であり、田山花袋の文学観を示す宣言にあたる。
この評論の意義は「ありのままに描く」という理念を、明確に打ち出した点にある。当時の日本文学はなお技巧や理想化にとらわれていた。花袋はそうした人為を退け、現実をそのまま、露骨に描くことを、文学の使命として掲げた。
主題は技巧の否定と、現実の直視である。花袋は美しい文章や、作り込まれた筋を、まやかしだと考えた。大切なのは現実を、飾らず、包み隠さずありのままに写しとることだと説く。この主張は以後の日本文学の一つの太い流れを方向づけた。
フランス自然主義の受容という点でも重要である。花袋はゾラをはじめとするフランス自然主義に学び、その理念を、日本に持ち込もうとした。この評論はその受容の理論的な表明にあたる。
一方花袋の「露骨なる描写」は、やがて作者自身の私生活を赤裸々に描く「私小説」へと傾いていく。花袋自身の蒲団が、その典型である。現実をありのままに、という理念が、日本では、作者の身辺の告白へと結びついた。 その出発点を示す評論として、この作品は、文学史のなかで参照されてきた。
内容
評論『露骨なる描写』は田山花袋が発表した、文学のあり方を論じた評論である。
花袋がこの評論で、まず批判するのは、当時の日本文学の技巧偏重である。
明治の文学はなお美しい文章を凝らすことや、人物を理想化して描くこと、都合のよい筋を組み立てることに、とらわれていた。花袋はこうした人為的な技巧を、現実を覆い隠す、まやかしだと考えた。 どれほど文章が美しくても、それが現実を飾り立てるものであれば、真の文学ではない、と。
では文学はどう書かれるべきか。花袋の答えが題名にもなっている「露骨なる描写」である。
現実を、そのまま、ありのままに描くこと。美化も理想化も技巧も加えず、現実の姿を、飾らず、包み隠さず露骨に写しとること。たとえそれが醜いものであれ、生々しいものであれ、目をそむけずに描く。それこそが真の文学のあり方だと、花袋は主張する。
この主張の背後にあったのが、フランス自然主義の影響である。花袋はゾラをはじめとするフランスの自然主義文学を、深く読み込んでいた。現実を、科学者のように、客観的に、ありのままに観察し、描き出す。 その理念に、花袋は、新しい文学の可能性を見た。この評論はその自然主義の理念を、日本の文学に導入しようとする、宣言だったのである。
花袋はこの「ありのままに描く」という理念を、みずから作品で実践していく。とりわけみずからの妻子ある身での若い女弟子への思慕を、赤裸々に描いた蒲団は、その代表である。現実を、露骨に、包み隠さず描くという理念は、やがて作者自身の私生活を告白する「私小説」へと、結びついていった。
技巧を退け、現実をありのままに直視する。この評論が掲げた理念は、日本自然主義文学のそしてその後の私小説の流れの理論的な出発点の一つとなった。