破戒

作者
島崎藤村
成立
1906
日本
時代
近代

概要

素性を隠して生きる男の話である。主人公瀬川丑松は信州の小学校の教師で、被差別部落の出身にあたる。父から、決してそれを明かすなと戒められている。 明かせば職を失い、生きていけないからである。

小説は、その戒めを守る日々から始まる。丑松は同僚の噂に怯え、身元を詮索されることを恐れ、同じ出身の思想家猪子蓮太郎に心を惹かれながら、近づくことができない。

猪子は自ら出自を公にし、差別と闘って本を書いている。丑松にとって、それは尊敬の対象であると同時に、自分の卑怯さを突きつけるものでもある。

物語の途中で、猪子は演説中に暴漢に襲われて死ぬ。丑松は、隠し続けた自分を許せなくなる。

最後に丑松は、教室で子どもたちに向かって告白する。そして床に手をついて詫びる。

この結末は、当時から論争になった。差別と闘うのではなく、自分が穢れていたと詫びる形をとっている。告白は解放なのか、屈服なのか。 この問いはいまも決着していない。

1906年、藤村が自費で出版した。それまで詩人として知られていた藤村の、最初の長篇小説にあたる。 出版費用を作るために家財を売り、その困窮のうちに三人の子を亡くしている。

文学史における評価と影響

日本の自然主義小説の出発点とされる。蒲団の前年にあたる。

社会問題を正面から扱った点が、当時としては例外的だった。差別の実態、隠すことの苦しみ、告発する側の孤立。それまでの日本の小説がほとんど触れなかった領域である。

夏目漱石がこの作品を高く評価している。 明治になってから小説らしい小説が出た、という趣旨の言葉を残している。

その一方、この作品は日本の自然主義がたどらなかった道でもあった。翌年の蒲団以降、日本の自然主義は作者の私生活へ向かう。社会を書く方向は、この作品でほぼ途切れる。 破戒蒲団の一年の差が、日本の近代小説の分岐点として語られてきた。

結末をめぐる論争は長く続いている。丑松は差別を告発せず、自分を詫びてテキサスへ渡る。これを敗北と読むか、当時の限界と読むか、あるいは告白そのものに意味を見るか。 立場によって評価が変わる。

藤村自身が、後に本文を改訂した。差別に関わる語を書き換えたり削ったりした版が長く流通し、現在は初版本文に戻した版と、改訂版の両方がある。 どちらを読むべきかも議論の対象になっている。

被差別部落を扱った文学として、この作品はいまも参照され続けている。同時に、当事者の側から書かれたものではないという点も、繰り返し指摘されてきた。

あらすじ

瀬川丑松は信州飯山の小学校の教師である。真面目で生徒に慕われているが、一つ秘密を持っている。被差別部落の出身であることを隠している。

父の戒めがある。決して明かすな。明かせば世間から棄てられる。 丑松はその教えを守って生きてきた。

下宿している寺で、ある同宿者が身元を疑われて追い出されるという出来事が起きる。丑松は自分のことのように怯える。

丑松は、猪子蓮太郎という思想家の本を読んでいる。猪子は自ら出自を公にし、差別に抗う言論を続けている。丑松は猪子を尊敬しているが、自分が同じ立場だと明かせない。

丑松の父が、放牧していた牛に突かれて死ぬ。葬儀のために帰郷した丑松は、父の遺言を改めて聞かされる。隠し通せ。

学校では、丑松の身元を疑う声が出始める。校長や同僚のなかに、丑松を追い落とそうとする者がいる。丑松は疑われるたびに動揺し、否定する。

猪子が選挙応援のために飯山へ来る。丑松は会いに行く。打ち明けようとして、できない。

その演説の場で、猪子は反対派の暴漢に襲われて殺される。

丑松は打ちのめされる。猪子は明かして闘い、自分は隠して生き延びた。その差が耐えられなくなる。

翌日、丑松は教室に立つ。そして子どもたちに向かって、自分が何者であるかを告白する。今まで欺いていたことを詫び、教壇から下りて床に手をつく。

丑松は職を辞す。だが、丑松を受け入れる者もいた。同じ出身の資産家の助けを得て、丑松はテキサスへ渡ることを決める。好意を寄せていたお志保も、後を追うことになる。

雪の降るなか、丑松は飯山を発つ。

作者

登場する文学史