雁
- 作者
- 森鴎外
- 成立
- 1911-1913
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
何も起こらないまま終わる小説である。二百ページに満たない。
明治十三年頃の東京。お玉は貧しい家の娘で、父を養うために高利貸し末造の妾になる。囲われた家で、日中はすることがない。
その家の前を、毎日決まった時刻に医学生岡田が散歩で通る。お玉は窓越しに会釈をするようになる。それだけの関係である。 二人は一度も言葉を交わさない。
お玉は少しずつ変わる。男に囲われた自分の立場を理解し、末造への嫌悪を自覚し、岡田を口実に外の世界を思うようになる。そして、ある日きちんと話そうと決める。
その日、話しかけられない。岡田が友人と一緒に歩いてきたためである。そしてその夜、岡田はドイツへ留学するために発つ。
二人は永久にすれ違う。お玉はそれを知らないまま終わる。
題の「雁」は、その日の出来事から来ている。岡田が友人と不忍池のそばを歩いていて、投げた石が偶然、雁に当たって死なせてしまう。その寄り道のせいで、お玉の前を通る時刻がずれた。
語り手は岡田の友人である。この男は後になって、お玉の側の事情を人づてに知る。 だから小説は、当時は誰も知らなかったことを、後から組み立てて語る形をとっている。
鴎外五十歳前後の作品にあたる。
文学史における評価と影響
鴎外の小説のなかで最も広く読まれてきた一篇である。
評価の中心は構成の精密さにある。石を投げる、雁が死ぬ、時刻がずれる、会えない、留学する。偶然が一つずつ積み上がって、取り返しのつかない結果になる。 それぞれの出来事はどれも小さい。
お玉の内面の書き方も繰り返し論じられる。お玉は自分の状況を、少しずつしか理解しない。囲われた当初は、父が楽になったことだけを喜んでいる。相手が高利貸しであること、世間からどう見られるかを、後から知る。その理解の遅れが、そのまま書かれている。
鴎外の文体の代表例としても挙げられる。感情を書かず、事実と動作を短く並べる。同時代の自然主義が作者の内面を吐露していたのに対し、鴎外は距離を取り続けた。 蒲団の三年後にあたるこの作品が、私小説とは違う道を示している。
時代の記録としても読まれる。明治十年代の東京の地理、学生の暮らし、高利貸しの商売、妾を囲う習慣。鴎外は自分が青年だった頃の東京を、正確に再現しようとした。
映画化もされ、豊田四郎監督・高峰秀子主演の『雁』(1953年)が知られる。
あらすじ
明治十三年頃、東京。語り手は当時、医学生だった。同じ下宿に岡田という男がいた。学業に優れ、体も丈夫で、毎日決まった道を散歩する習慣があった。
その散歩道に、無縁坂の小さな家がある。格子窓の内に若い女がいて、岡田が通ると会釈をする。これがお玉である。
お玉の来歴。父と二人暮らしで、貧しい。一度、巡査に嫁いだが、その男には既に妻子があった。騙されて捨てられ、家に戻ってくる。
その後、仲人が良い縁だと言って持ってきた話に応じ、妾になる。相手は末造という高利貸しだった。 世間体のよくない相手であることを、お玉は後から知る。
それでもお玉は父のために我慢する。父には別の家を借りてやり、暮らしが立つようにした。父を養えたことが、お玉の唯一の支えになっている。
末造の妻お常が、夫の妾の存在に気づく。家では諍いが起きる。末造は嘘を重ねる。お玉はその男の器の小ささを見て取るようになる。
お玉は変わっていく。自分の頭で考え始め、末造に言い返すようになる。そして、毎日通る岡田を意識する。
岡田は鳥籠の蛇を退治してやったことがある。お玉が飼っていた紅雀を蛇が狙っていたのを、通りかかって助けた。言葉はほとんど交わさなかったが、お玉にとってそれが決定的だった。
お玉は、ある日きちんと話そうと決める。末造が来ない日を選び、家を整えて待つ。
その日の夕方。岡田は友人と語り手を伴って歩いていた。三人で不忍池のほとりを通る。
そこで、岡田が投げた石が、池にいた雁に当たって死なせてしまう。 三人はその雁を持ち帰って食べようという話になり、日が暮れてから取りに戻る。
その寄り道のあいだに、お玉の前を通る時刻がずれた。岡田は一人ではなく、二人の連れがいた。お玉は声をかけられない。
そして岡田は、その数日後にドイツへ留学するために日本を発つ。
語り手は、後になってお玉の側の事情を知る。岡田はそれを知らないままだった、と記される。