和解
- 作者
- 志賀直哉
- 成立
- 1917
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
作者と父の実際の対立を、そのまま書いた小説である。百ページほど。
語り手順吉は作家で、志賀自身にあたる。父と長く不和で、家を出ている。対立の始まりは些細なことだが、積み重なって口もきかない関係になっている。
物語の前半は、その不和のなかで進む。順吉は妻と子と暮らしている。生まれた第一子が病気で死ぬ。 その悲しみと、父への感情が、並行して書かれる。
後半で、和解が起こる。第二子が生まれる。順吉は祖父の墓参りをきっかけに実家へ近づく。そしてある日、理屈ではなく突然に、父と向き合って涙を流し、抱き合う。
この和解に、劇的な事件はない。誰かが折れたのでも、誤解が解けたのでもない。時間が経ち、子が死に、子が生まれ、そして気持ちが動いた。 それだけである。
書かれたのは、実際に和解が成立した直後にあたる。志賀は起きたことをほぼそのまま小説にした。登場人物の名も事実に近い。私小説の、最も純粋な形の一つとされる。
文学史における評価と影響
私小説の代表作であり、その方法が最もよく見える作品にあたる。
蒲団から始まった私小説は、作者が自分の恥や弱さを告白する方向へ進んだ。この作品はそれと違う。順吉は自分を卑しめない。父との対立でも、自分に非があるとは考えない。告白ではなく、事実の記録として書かれている。
評価の中心は、和解の書き方にある。志賀は、なぜ和解できたかを説明しない。理由を分析せず、そのとき何が起きたかだけを書く。父の前で急に涙が出た、抱き合った、それで済んだ。 この、理屈を通さない書き方が、志賀の文体の核心とされる。
同時に、この作品が扱っているのが個人の家庭の問題に尽きることも指摘されてきた。社会も思想も出てこない。父と子が仲直りしたという、それだけの話である。 暗夜行路と同じく、日本の近代文学が内向していく典型として論じられる。
それでも読まれる理由は、感情の動きの正確さにある。和解を美談にせず、都合よく整理もしない。気持ちが動いた瞬間を、動いたとおりに書く。 その一点で、この作品は古びていない。
なお、この和解は一時的なものだった。志賀と父の関係は、後に再び冷える。 小説が書いた和解の完成度と、現実のその後のずれも、しばしば語られる。
あらすじ
順吉は作家で、妻と暮らしている。父とは数年来、不和が続いている。
対立の発端は、順吉の結婚や生活態度をめぐる意見の食い違いだった。些細なことが重なり、いまでは顔を合わせても口をきかない。 順吉は実家の敷居をまたがない。
順吉に第一子が生まれる。だがその子は生後まもなく病気になり、死ぬ。
順吉は深く悲しむ。看病のあいだ、そして死んだ後、順吉はその小さな体に向き合い続ける。この経験が、順吉の中の何かを動かす。
父方の祖父の法要がある。順吉は迷いながらも出席する。実家の人々と、久しぶりに同じ場に居合わせる。 父とは言葉を交わさないが、以前ほどの険はない。
やがて第二子が生まれる。新しい命が、家の空気を変える。
順吉は、父に会いたいという気持ちが自分の中に生まれているのに気づく。理由は自分でも説明できない。
ある日、順吉は実家を訪ねる。父の前に出る。そのとき、順吉は突然に涙が込み上げるのを感じる。 父もまた、目を潤ませている。
二人は向き合い、これまでのことを短く詫び合い、抱き合う。
長年の対立が、そこで解ける。順吉は家族とともに実家で過ごし、父と穏やかに話す。
順吉は、この和解を不思議なものとして受け止める。どうしてこうなったのか分からない。だが確かに、自分と父のあいだにあった壁は消えている。その事実だけを胸に、小説は閉じられる。