田舎教師
- 作者
- 田山花袋
- 成立
- 1909
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
大きな志を抱きながら、田舎の教師のまま、若くして死んでいった青年の話である。
主人公林清三は、埼玉の貧しい家に育つ。文学を愛し、都会に出て身を立てたいと願っている。だが家は貧しく、進学の道はない。 中学を出た清三は、やむなく、田舎の小学校の代用教員になる。
清三は、田舎の暮らしに倦む。都会で活躍する同級生たちの噂を聞くたびに、自分だけが取り残されていくように感じる。文学への夢、女性への淡い恋、立身への焦り。それらはどれも、実を結ばない。
清三は、貧しさと、健康の衰えのなかで、次第に希望を失っていく。肺を病み、療養する金もない。そして、日露戦争に日本じゅうが沸き立つそのさなか、誰にも顧みられないまま、二十歳そこそこで、静かに病死する。
この小説には、劇的な事件がほとんどない。平凡な青年の、平凡な挫折と死が、ただ淡々と記録されるだけである。 花袋は、実在した一人の田舎教師の日記をもとに、この地味な一生を書いた。
華々しい時代の陰で、名もなく生きて死んだ一人の青年——その姿を、感傷を抑えて描いたところに、この作品の静かな力がある。
文学史における評価と影響
田山花袋の代表作であり、日本自然主義文学の到達点の一つとされる。
素材は、実在の青年の日記である。花袋は、羽生の寺で早世した小林秀三という代用教員の日記を託され、それをもとにこの小説を書いた。平凡な青年の記録を、そのまま文学にした点に、自然主義の方法が現れている。
主題は、平凡な人生の悲哀である。清三は、天才でも英雄でもない。志はあるが、才も運も財もない。そういう「どこにでもいる青年」が、夢を実らせぬまま消えていく。 特別でない人生の哀しみを、これほど正面から描いた作品は、当時なかった。
時代との対比が効いている。清三が死んでいくのは、日露戦争の勝利に国じゅうが沸く時期である。歴史の華やかな表舞台の陰で、名もない一青年が、誰にも知られず死んでいく。 その対比が、無名の生の哀しみを、いっそう深くする。
蒲団で私小説的な告白を切り開いた花袋は、この作品では、他人の一生を、抑制した筆致で描いた。 感傷に流れず、事実を積み重ねる文体が、かえって深い余韻を残すとされる。
平明で写実的な描写により、この作品は自然主義の名作として、長く読み継がれてきた。関東平野の風景描写の美しさも、高く評価されている。
あらすじ
埼玉、行田。林清三は、没落した士族の家に生まれた青年である。文学を愛し、詩人や小説家になることを夢見ている。だが、家は貧しい。
中学を卒業した清三は、上級学校へ進む学費もなく、田舎の小学校の代用教員になる。羽生近くの村の分教場に赴任し、幼い子どもたちに読み書きを教える日々が始まる。
清三は、都会の生活に憧れている。東京の学校へ進んだ同級生たちが、詩を発表し、活躍しているという噂を聞くたびに、焦りと羨望に胸を焼かれる。 自分だけが、田舎の泥のなかに埋もれていく。
村の暮らしは単調である。同僚の教師たち、寺の住職、村の娘たち。清三は、彼らと交わりながらも、どこか満たされない。ある娘に淡い思いを寄せるが、それも実ることはない。
清三は、文学への夢を捨てきれず、東京へ出ようと試みる。だが、貧しさが、そのたびに彼の足を引き止める。 家に仕送りをせねばならず、自分の勉強に使う金はない。
やがて清三は、肺を病む。 無理を重ねた体は、少しずつ蝕まれていく。療養したくても、その費用がない。清三は、痩せ衰えながら、なお教壇に立ち続ける。
時代は、日露戦争のさなかにある。旅順が陥ち、奉天が陥ち、日本じゅうが戦勝に沸いている。街には万歳の声が満ち、提灯行列が続く。
だが、その華やかな騒ぎのなかで、清三の命は、静かに燃え尽きようとしている。
病は重くなり、清三は床に伏す。都会での成功も、恋も、文学の夢も、何一つ叶わないまま、彼の人生は終わりに近づく。
そして清三は、日露戦争の勝利に世が沸くそのさなか、まだ二十歳を少し過ぎたばかりで、誰に惜しまれることもなく、田舎の小さな部屋で、静かに息を引き取る。
清三の死後、村の生活は、何事もなかったように続いていく。一人の名もない田舎教師が生き、そして死んだ。 その平凡で哀しい一生の記録だけを残して、小説は閉じられる。