文芸思潮象徴主義

象徴主義

発祥
フランス
年代
1857–1900
広がり
5 か国 / 12人

自然主義が「見えるものを全部書く」方向へ進んだのと同時に、正反対の運動が走っていた。

起点はシャルル・ボードレールである。悪の華(一八五七年)の詩篇「照応」では、香りと色と音が互いに対応し合う。現実の事物は別の何かの記号であり、詩はその背後にあるものへ通じる、という考えがここから出てくる。

ポール・ヴェルレーヌは「何よりもまず音楽を」と書いて音楽性を最優先し、アルチュール・ランボーは感覚の意識的な錯乱によって未知へ到達すると宣言した。そして二十歳前後で文学を完全に捨て、アフリカで武器商人になっている。

到達点はステファヌ・マラルメである。事物の名を言わずにその効果だけを立ち上げる詩を目指した。詩は世界を指し示す道具であることをやめ、言葉が言葉として自立する。 二十世紀の詩と詩論は、ほとんどここから出発している。

波及は速かった。アイルランドのW・B・イェイツ、ロシアのアレクサンドル・ブロークアンドレイ・ベールイ、ドイツ語圏のライナー・マリア・リルケフーゴ・フォン・ホーフマンスタール、そして日本の萩原朔太郎へ届いている。

この思潮の作家

国ごとにまとめている。同じ思潮が国境をまたいで広がった範囲がここに出る。

日本 2人

フランス 5人

イギリス 1人

ロシア 2人

ドイツ 2人