アレクサンドル・ブローク
- 原綴
- Александр Блок
- 生没
- 1880–1921
- 出身
- ペテルブルク
- 国
- ロシア
- 時代
- 銀の時代
生涯
1880年、ペテルブルクの学者の家に生まれた。祖父は大学の総長を務めた植物学者で、ブロークはその家庭の知的な環境で育った。
早くから詩を書き、神秘思想家ソロヴィヨフの影響を強く受けた。ソロヴィヨフの説く「永遠の女性」——世界を救う神的な女性原理——の思想が、初期の詩の中心にある。
1903年、化学者メンデレーエフの娘リュボーフィと結婚した。ブロークは彼女を、地上に現れた「永遠の女性」の化身として理想化し、その姿を詩に歌った。だが、この理想化された愛と、現実の結婚生活とのあいだには、深い断絶があった。
1900年代半ば、詩人として名声を確立した。だが、理想の女性を歌う神秘的な詩から、次第に、現実の都市の暗さ、退廃、幻滅へと、その詩は調子を変えていく。
1917年の革命を、ブロークは、旧世界を焼き尽くす浄化の嵐として、当初は歓迎した。1918年、革命を主題にした長編詩「十二」を書く。
だが、その後、革命後の現実に幻滅していった。晩年は、詩が書けなくなり、「詩を書く音が聞こえなくなった」と語ったと伝えられる。心身ともに衰弱し、1921年、四十歳で死去した。の終わりを象徴する死とされる。
作風
ブロークの言葉は、意味を名指すよりも、音の響きと、そこから喚び起こされるイメージによって世界を作る。ロシアの中心にいた詩人であり、目に見える現実の背後にあるより高い世界を、直接述べずに暗示しようとした。
初期の『美しき淑女の詩』は、その典型である。理想化された女性——「永遠の女性」「美しき淑女」——への崇拝と憧れが歌われる。「美しき淑女」は特定の誰かではなく、世界の救済を約束する神的な原理として歌われる。詩は、その到来を待ち望む、祈りのような調子を帯びる。
だが、その後、ブロークの詩の世界は暗転していく。理想は現実によって裏切られる。詩の舞台は、天上的な世界から、退廃したペテルブルクの街へ移る。酒場、娼婦、霧、街灯。「見知らぬ女」という詩では、酒場の霧のなかに、かつての理想の女性の面影が、幻のように現れる。だが、それは酔いのなかの幻影にすぎないのかもしれない。理想と幻滅が、分かちがたく混じり合う。
長編詩「十二」で、その作風は、また新たな展開を見せる。革命下のペテルブルクを、十二人の赤衛兵——革命側が組織した労働者の武装隊——が、雪と嵐のなかを行進していく。粗野で暴力的な一隊で、通りすがりに人を撃つ。その荒々しい民衆の言葉と、革命歌のリズムが、詩を貫く。そして、詩の最後、その十二人の先頭に、雪の彼方から、キリストの姿が現れる。血にまみれた革命の行進の先に、なぜキリストが立つのか。この結末は、発表以来、無数の解釈を呼び、決着していない。
作品
『美しき淑女の詩』(1904年)
初期の代表的な詩集である。理想の女性への崇拝を歌う。
「見知らぬ女」(1906年)は、退廃した都市の幻想を描いた詩で、広く知られている。
「十二」(1918年)が代表作である。革命を主題にした長編詩にあたる。
「スキタイ人」(1918年)は、ロシアと西欧の関係を主題にした詩である。
日本語では詩の抄訳と、「十二」の訳がある。
文学史における立ち位置と影響
ブロークは、ロシア象徴主義を代表する詩人とされる。銀の時代の頂点に置かれる存在であり、その詩の音楽性と、神秘的な深さは、同時代の詩人たちに大きな影響を与えた。
象徴主義の理想と、その挫折の両方を、その生涯が体現している。理想の女性を歌うことから出発し、現実の都市の退廃を経て、革命の嵐に至り、そして幻滅のなかで沈黙した。この軌跡は、銀の時代そのものの運命と重なる。ブロークの死が、銀の時代の終わりの象徴とされるのは、このためである。
「十二」は、革命を主題にした最初期の重要な文学作品の一つである。革命を、政治的にではなく、黙示録的な浄化の嵐として捉えたこの詩は、革命をめぐる文学の一つの原型になった。同時に、その難解な結末は、革命と精神性の関係をめぐる、尽きない議論を生んだ。
後続の詩人たちにとって、ブロークは、乗り越えるべき、あるいは受け継ぐべき、大きな存在だった。アフマートワやマンデリシタームら、次の世代の詩人たちは、象徴主義の曖昧さに反発しながらも、ブロークの達成を意識せざるを得なかった。
日本での受容は、ロシア象徴主義への関心のなかで進んだ。「十二」を中心に、革命期の詩人として紹介されている。